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# ユング心理学(7) 現状を維持しようとする心模様  Carl Gustav Jung

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※何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。
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◎人の“こころ”って難しいなぁ?
◎人の“こころ”っていったいどうなっているの?


誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、その Part、7

“こころと身体の健康つくり”を支援する立場にある私たちのような業界においては、“身体的側面”からの視点だけでなくて、人々の内面に目を向けた、心的支援も大切な役割の一つだと考えます。
自身の内面への気付きが、お客様の不安解消を後押しできうることを期待して、引き続き“こころ”をテーマにしたブログ投稿です☆

◎私達の心の中には、たくさんの思いをもった「小さなこころ」がたくさん詰まっています。

人の“こころ”と言うのは主に“幼少期”の頃から一生涯にかけて、成長してゆくと言われています。

その“こころ”は、時に、自分にとって「不快に感じる事」や、「対処できない、扱いたくない」と言った気持ちが“強くなりすぎた場合”「無意識」の中にその気持ちを閉じこめてしまいます。

それが強くなりすぎると、「感情的」になったり、「暴言」や「行動」に表れてしまうのです。

それと同じように、実は、「無意識のこころ」と言うのは、時に私達が、「何かを始めようとする行動」をも妨げてしまう場合があるのです。

今回は、「無意識」の“こころ”が引き起こす

「現状を維持しようとする心模様☆」

について考えてみたいと思います。


◎皆さん、こんな事はないですか?

(1)「明日からは毎日早く起きるぞ!!」って、思っていても、起きれない・・・。
(2)「今日から本を読むぞ!!」って、思っていても、その時だけ・・・。
(3)「運動始めるぞ!!」って、決意しても、3日坊主・・・。
(4)「習い事はじめるぞ!!」って、教室に入っても、続けられない・・・。
(5)「今日から勉強始めるぞ!!」って、気合い入れても、一夜漬け・・・。


実は、こうした現象は、「無意識の心の現れ」なのです。

つまり、“意識”の中で、

(1)「明日からは早く起きるぞ!」って思っていても、“無意識の自分”が、「別に今までと同じでいいんじゃないか?」って 働きかけて来る・・・。

(2)「今日は本を読もう!」って決めても、“無意識の自分”が、「そんなに急がなくても何とかなるさ」って働きかけてくる。

(3)「何か運動でもはじめなきゃ!」って思っていても、“無意識の自分”が、「別に今じゃなくてもいいんじゃないか?」っ て、働きかけて来る・・・。

(4)「習い事始めるぞ!!」って思っていても、“無意識の自分”が、「今すぐそんなに頑張らなくても何とかなるんじゃな  いか?」って働きかけて来る・・・。


※「何かを始めようと思っていても、すぐあきらめてしまう・・・、」
※「何かを始めようと思っていても、思っているだけで行動できない・・・、」


そうした事に悩む人、不安に感じる人、理由を探し求める人がたくさんいます。

でも実はそれが“当たり前”!!

なぜなら「意識」の中では「何とかしたい!!」そう、願っていても、

「無意識」の自分が、今の生活に“居心地の良さ”を感じて、「今のままでいいじゃないか?」って働きかけてくるのから・・・。

つまり、“現状を維持”しようとする心が働きかけて来ると言う事。

でも、それを「しょうがないまま・・・、」にしていたり、「明日から頑張ろう・・・!!」と、“そう思っているだけ”・“そう願っているだけ”だと、ずっと、描いているだけの人生で終わってしまう・・・。

“新しく何かを始めようとする時”に、「エネルギーが必要だ!!」と感じる人は、いつも、「無意識の誘惑に流されている」為なのです。

つまり・・・、

「無意識の誘惑」に流された生活が“習慣化” されているからなのです。

一方、

※「いつも何かを始めている人」
※「いつも行動に移せる人」は、それが“日常的に習慣化”されています。


行動する事、始める事が既に“当たり前”になっているのです。

なので、そんなに大きなエネルギーがなくても簡単に行動できてしまう。

「出来ない理由」をうだうだと考える前に、出来る為に必要な理由だけを考えて実行する。

だから、実現できてしまうのです。

◎「成功者」が1割と言われる理由もその為なのかも知れません。
◎90%の人々が「夢」を実現出来ないと言われているのもその為なのかも知れません。



「成功する為の秘訣」「夢を叶える為の秘訣」・・・、


それは、小さな事から“何かを始めてみる”と言う事♪

例えば、朝1分早く出勤してみる。毎朝、空に向かって深呼吸してみる。趣味を始めて見る。机を拭いてみる・・・。

いつもとは違うほんの小さな一つ一つの積み重ねが、実は遠回りなようで、自分を変える第一歩(近道)になってゆくものなのでしょう。

| comments(0) | trackbacks(0) | 00:25 | category: ユング心理学 Jung |
# ユング心理学(6) 不安な気持ちの受け止め方  Carl Gustav Jung

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◆今回のテーマは  ・・・  「不安な気持ちの受け止め方☆」
〜 いつも不安な気持ちがあって前に進めない方、いつも悩んでしまう人の心模様 〜
 

人の“こころ”って難しいなぁ?
人の“こころ”っていったいどうなっているの?

 

誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、その Part、6。

“こころと身体の健康つくり”を支援する立場にある私たちのような業界においては、“身体的側面”からの視点だけでなくて、人々の内面に目を向けた、心的支援も大切な役割の一つだと考えます。
自身の内面への気付きが、お客様の不安解消を後押しできうることを期待して、引き続き“こころ”をテーマにしたブログ投稿です☆


◎私達の心の中には、たくさんの思いをもった「小さなこころ」がたくさん詰まっています。

そして、私達の“こころ”の中には、「意識している自分」と「自分の意志に反して反発するこころ(無意識の自分)」があることは前回触れました。



人は誰もが、“不安や悩み”を抱えながらに生きています。

人それぞれに、好きな色や、好きな歌、好みの服や、好みの趣味があるように、心もまた考え方や受け止め方は様々・・・。
故に、職場や、家庭、学校、施設・・・、“人と人”とが関わり合う環境の中では、誰も同じ考え方で、同じ価値観をもって、同じ方向を向いて足並みをそろえることの方が難しく、それはまた、それぞれの個性がぶつかり合うからこそ、今の自分が感じられたり、自分自身が大切だと思える心を育ててくれるのではないかと思うのです。


“不安な気持ち”を抱える人の心の中には・・・、

※不安な気持ちから逃れたくて、居場所(逃げ道)を求めさまよう人もいるでしょう。
※不安な気持ちに向き合う事が出来ずに、自分の心を傷つけてしまう人もいるでしょう。
※不安な気持ちから逃れたくて、自分の心を偽り続ける人もいるでしょう。


心の持ち方に正しい答えなんてありません。

でも、中には“不安な気持ち(心の葛藤)”を自分自身の“成長の糧”として乗り越えている人たちがたくさん事もまた事実なのです。

「心の葛藤をうまく乗り越えられる人」と、「いつも心の葛藤に悩み苦しんでいる人」“心模様”を深めていくと、その“不安な気持ち”に対する「受け止め方・向き合おうとする心の持ち方」に随分差がある事に気付かされます。
 

あなたは、今、何かに不安をかかえていますか?
あなたは、今、何かに悩んでいますか?


※「お客様との関係がうまくいかない・・・」
※「上司との関係がうまくいかない・・・」 
※「部下との関係がうまくいかない・・・」
※「夫婦間の関係がうまくいかない・・・」 
※「姑との関係うまくいかない・・・」
※「彼氏彼女との関係がうまくいかない・・・、」  などなど、様々に心で感じる不安があるでしょう。


今、何かに悩み、苦しんでいる人がいたしたなら、それは、

また一歩大きく成長できるチャンス。 自分自身の心の成熟さを深めるチャンス。


なぜなら「心の葛藤が、人の心を成熟させてくれるから・・・。」

今、自分の心の中に、“不安や悩み”がなく、自分自身が進むべく道に向かって歩いている方はこの続きは読んでもらわなくてもいいと思います。
でも「今何かに悩んいる人」や、「いつも不安な気持ちがあって前に進めない人」は、続きを読んでもらいたいと思います。何か少しで自信の気付きが、前に進めるきっかけになれば嬉しいです。


◎“不安な気持ち”を引き起こす原因”を大きく“2つの視点”が考えてみると・・・、

まず、1つ目は 「分からない事に対する不安」  がありますね。

“不安な気持ち”と言うのは、

※「自分がこの先どうなるか分からない・・・、」
※「解決する道が分からない・・・、」
※「誰がいつ何をどうしているのかが分からない・・・」


そんな時に感じる不安があります。

そして、いつも“不安な気持ち”を持ち続けたままの人は、「不安な気持ちを持ちづづける事」が、既に当たり前になっていて、既に解決する道をあきらめてしまっている場合があるのです。


■例えば・・・、

※「人との関係がうまくいかない・・・、」
※「なぜか不安でたまらないんです・・・」 
と、

その原因に向き合おうとせず、不安を抱えたままの人がいます。

そんな人の心模様を考え見ると、自分の心に向き合うどころか、不安から解決する道を既に“放棄している”といっても良いかもしれません。(実際には放棄している事すら気付いていない場合があるのですが・・・、)
つまり、“不安な気持ち”を抱えたままでいる状態がその人にとっての“心の持ち方”になっているという事です。

そして、“不安になる”と言う事は、必ず「不安な気持ちを引き起こしてい原因」というものが存在します。(病的な場合には原因が深層にいたる場合がありますが・・・。)

その「原因」を自分自身の心の中に問いかけ、取り除いていく事でその“不安が和らいでいく”場合があるのです。

もし、今、不安を抱えている人や、悩みがある人は、自分自身の“不安”とすり合わせながら読み進めてみると、不安の原因が見えてくるかもしれません。


<“不安な気持ち”を“安心”に変える自分の心の育て方>

◎「5W1H」に当てはめてみる。

今自分自身の心の中で感じている“不安”は、「いつ」「どこで」始まって、「誰」の事でそれは「何」を理由にして、「なぜ」始まった事なのか・・・、と、言う事を自分自身の心の中に問いかけてみる。

 

例えば・・・、

1.「いつ」 … 「いつ頃から不安を感じ始めたのでしょうか?
  (何年?何月?何日?何時?何曜日? のこと?)
2.「どこで」 … 「場所はどこでしょうか?」
  (どんな場所?とんな地域?何県何町?どんな空間?どんな建物?) 
3.「誰が」 … 「主体となる人は誰でしょうか?」
  
(実行した主体は誰?判断した主体は誰?)
4.「何を」 … 「対象とする事(人)何でしょうか?
  (ないような度の様なものですか?どの様な名前ですか?)
5.「なぜ」 … 「原因は何だったのでしょうか?」
  (理由は何・目的は何?) 
6.「どのように」 … どのような関わり合いがあってでしょうか?
 (どのような手段?どのような経過?どのような方法で関わりましたか?)


もし、上記のように「5W1H」の各項目に当てはめてみて、説明が成立すれば「不安の理由」も「不安の原因」もよくつかめている“自分自身で理由が確認できている不安”となりますね。

もし上記の項目にあてはめてみて、ハッキリとしていない部分があるならば、それがまた不安な気持ちを引き起こしている要因でもあるのです。

また、自分自身の心で感じる“不安な気持ち”から目をそらさずに、「5W1H」で歩み寄る事で、「不安な心」から「安心できる心」へと不安解消への道筋が開けてくる場合があるのです。

自分自身の不安だけでなく、何か理由が分からずに不安でいる人に対しても、「5W1H」で、歩み寄ってみると、不安な気持ちをもたらしている“原因”がハッキリと心で感じられるかもしれません。


※中には、既に“不安な気持ち”を引き起こしている原因に気付いている人もいるでしょう。
※どうしても解決できないとあきらめている人もいるでしょう。



でも、気付いているが故に、行動できる事もたくさんあるのではないかと思います。

「心の葛藤が、人の心を成熟させる」
「不安があるから、人の心もまた成長する」


そう信じる心がまた、毎日を楽しく向き合える糧になる事を期待し(自分自身にも言い聞かせながら・・・)、今回は“不安な気持ちの受け止め方”について考えてみました。

あと一歩、自分自身の内面に目を向け、歩みよれたなら、少し心の持ち方が楽になるかも知れません。

次回につづく・・・。

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※参考
「5W1H」の各項目に当てはまらないような場合や、当てはめては見たものの、まだ、不安な気持ちが残ってしまう場合には、2つ目の視点として「病的な心」が“不安を引き起こしている場合があります。
例えば・・・、

1.パニック症候群・・・(突然、息苦しくなったり、その場から逃げ出したくなったり、なにもかも放り投げて止めたくなる不安)
2.全般性不安障害・・・(状況判断が出来ずに自分のグチや不満のことを言ってしまったり、相手の話を全て否定的に受け取ってしまったり、攻撃的に話してしまう。自分が不利になること、自分が困ったことになることが見えなくなって、そのとおりに話したり行動する不安)
3.「社会不安」・・・(外出することに不安があったり、学習などに集中できなかったり、他の人との安心関係あ保てなくて、自分から関係を壊してしまう病理)
4.「単一恐怖」…(恐れや恐怖を感じてしまうあまりに、何も行動できなくなってしまう病理)
5.「強迫性障害」 …(不安や心配のイメージがいつでも、どこでも思い浮んでしまったり、過去の不安な記憶をいつも思い出してしまったり、被害者意識が大きくなってしまったりしてしまう)
6.「成人不安(対人・妄想不安等)」・・・(赤面、人と会うのがいや、妄想イメージが膨らみ、現実との差別化が分からなくなる等)


上記のような不安がある場合には心的カウンセラーによる支援が必要な場合が考えられますが、精神病理の世界に入っていくのでブログ投稿は省略したいと思います。
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| comments(0) | trackbacks(0) | 23:00 | category: ユング心理学 Jung |
# ユング方心理学(5) 6つの行動事例紹介  Carl Gustav Jung

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◆今回のテーマは ・・・ 「心の防衛メカニズム☆」
〜いつも自分を責めてしまう人や、ウソをついてしまう人、自分の心をごまかしてしまう人の心模様〜

 

人の“こころ”って難しいなぁ?
人の“こころ”っていったいどうなっているの?


誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、その Part、5。

“こころと身体の健康つくり”を支援する立場にある私たちのような業界においては、“身体的側面”からの視点だけでなくて、人々の内面に目を向けた、心的支援も大切な役割の一つだと考えます。
自身の内面への気付きが、お客様の不安解消を後押しできうることを期待して、引き続き“こころ”をテーマにしたブログ投稿です☆

◎私達の心の中には、たくさんの思いをもった「小さなこころ」がたくさん詰まっています。

そして、私達の“こころ”の中には、「意識している自分」と「自分の意志に反して反発するこころ(無意識の自分)」があることは前回触れました。

今回は、“無意識のこころ”が引き起こす、「防衛するこころ」について考えてみたいと思います。

人の“こころ”と言うのは、主に“幼少期”の頃から成長していくと言われています。
両親との関係や、親族・友達・自分を取り巻く様々な人と人との関わり合いの中で、“生き方や考え方”などを学び、こころを成長させていくのです。

でも、“人のこころ”と言うのは時に、「不快に感じる事」や、「対処できない、扱いたくないと言った気持ちが“強くなりすぎる”と、「無意識」のこころの中に、その気持ちを“閉じこめてしまう”場合があるのです。

例えば「自分の間違いを認めたくない・・・」とか、「失敗を認めたくない・・・」と言った具合に、自分自身にとって、“不快な気持ち”“恐れを感じる気持ち”を避ける為に、

その心を、無意識のこころ”の中に“閉じ込めてしまう”

そして、「閉じこめてしまったこころ」「隠してしまったこころ」が、時に“言葉として、感情として、行動として現れてしまう”時があるのです。


今回は、更に、その心を分かりやすく理解を深めていく為に・・・、

◆「防衛するこころ」が写し出す“6つの行動事例”について考えてみました。

例えばこんな事はありませんか?


【1】「かわいそうな私!」「私は傷ついている」「私は不利に扱われている」と振る舞ってしまうケース。 
→私が哀れみの対象となれば、他の人から支持を受けられる。また、自分が認められていないという感情から防衛している。 ・・・ (無意識の犠牲者)

【2】「他人の行動を指摘して、自分と異なる意見を批判する」ケース
→他人の行動を指摘・否定することで、「自分はそうではない。自分には出来るはずだと、自分は無能でないという感情から防衛している。 ・・・ (無意識の批評者)

【3】「問題は全くない!」「私には一切関係ない!」と、問題がある事・関係あることを否定するケース
→問題があるのに、それがないように否定して取り組まない事で、「自分が扱いたくない気持ちから防衛している。 ・・・ (無意識の否定者)                                  

【4】「私が悪いんです!」起こっている誤りは私のせいなのですから全ての責任と避難をうけようとするケース
→最初に自分を非難してしまえば人々から避難を受けなくてすむ。誤りの原因を他の人に指摘されたくない!!自分が無能であるとう感情から防衛している。 ・・・ (無意識の自己避難者)

【5】「私に相談して!」と、助けを必要としている人を探し、助けようとするケース  
→他の人の問題に集中する事で、自分が出来ない事、扱いたくない事からの逃避。自分が無能であるという感情から防衛している。 ・・・ (無意識に援者)

【6】「もっと求めて、もっと頼って!」を、ふるまうケース
→もっと私を求めて、もっと私を頼って!!とふるまう事で、自分が周りの人から頼られていない!!必要とされていない!!という事の感情から防衛している。 ・・・ (無意識の要求者)


“防衛”とは、  「自分の心をふせぎ、守ろうとする行為」


特にこうしたケースが引き起こされやすいのは、自分は、“愛されていない”とか“必要とされていない”とか、“無能である”と言うことを、自分自身の心が実感した時に、そうした「行動」として現れる場合があるのです。

そして、自分の感情を覆い隠そうと(防衛しようとする)すればする程、“傲慢なこころ”に変化したり、“自分の存在を誇張したり、自分の成果を自慢したり、気に入られようとし過ぎてしまうこころ”へと変化してゆくものなのです。

人は、自らの経験や体験を重ねれば重ねる程に、時にその経験が強く「意識」の中に根付き過ぎてしまう傾向があるようです。(「あの人は頭が硬い人だなぁ?“自尊心(プライド)”が高い人だなぁ・・・」と言った言葉があるように!)
中には、「人の意見」や「人の考え方」などが素直に受け入れられなくて、「感情を爆発」させてみたり、我が身を守ろうとするが余りに「暴力や暴言」となって危害を加える事件に発展したりするケースもあるのではないかと思えてなりません。

自らの身を守る為の“防衛するこころ” ・・・ それ自体は決して悪いことでも、いけない事ではないと思います。でも、それを“受け止められるこころの幅”が大きいほど、柔軟性が高く、自分自身をコントロールしてゆける事の幅に比例してゆくものではないかと感じるのです。

自分の弱みを認めることは、恥ずかしいこと、認めたくないことかもしれません。 でも、

「無意識のこころが」が示す“自分のこころへのメッセージ”に、あと少し“耳を傾け、意識を傾け、目を背けずに素直に歩み寄れたなら、今よりもずっと“こころの持ち方”“人との関わり方”が少し楽になるのかも知れません。

(PS:自分自身の身を守る為の行動が、実は相手にしてみれば「暴力」として受け止められてしまう場合もあるのです・・・。) 


・・・ Fm Chida yoshihiro でした。


※ついつい文章が長くなってしまいます(書き始めたら止まらない・・・。)
気長にお付き合いくださいませ。 またまた続く・・・。
 

| comments(1) | trackbacks(0) | 22:14 | category: ユング心理学 Jung |
# ユング心理学(4) 無意識の自分  Carl Gustav Jung

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◆今回のテーマは・・・「意識している自分と、心の中の自分との関係(意識と無意識との関係)」  
 

人の“こころ”って難しいなぁ?
人の“こころ”っていったいどうなっているの?



誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、その Part、4。

「心理学」の視点を自分なりに解釈しながらのブログ投稿が続きますが、“こころと身体の健康つくり”を支援する立場にある私たちのような業界においては、はやり、“身体的側面”からの視点だけでなく、人々の内面に目を向けた、心的サポートも大切な役割だ感じます。

お客様の“不安や悩み”がいったいどのような心の模様の元に生じてもたらされているものなのか・・・?

自身の内面的気付きが、実は身体的不安解消を後押しできる事を期待し、この“テーマ”でのブログ投稿続けます。


私達の心の中には、たくさんの思いをもった「小さなこころ」がたくさん詰まっています。
そして、私達の“こころ”の中には「意識している自分」と「自分の意志に反して反発するこころ(無意識の自分)」があることは前回述べました。

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※意識する心とは ・・・・、
・「頭で理解出来ている事」
・「自分で分かっている事」
・「自分でやろうとしている事」
・「自分にとって正しいこと」
・「自分の好き嫌い」 ・・・ など。

※無意識なるこころとは ・・・、
・「自分の思いに反発するこころ」
・「つい〜してしまった」
・「意識している自分の心からは他人のように独立した存在」 ・・・ など。
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今回は、「意識」と「無意識」との関係性について考えてみたいと思います。

「無意識の心」と言うのは、“意識とは対照的なもう一人の自分の(心)”であることは述べました。
“意志に反する”という表現を用いると、「対立したり、衝突したり、攻撃しあうもの」といった否定的な印象を受けます。

でも、実は、“反発する無意識の心”があるからこそ、人の心はまた、バランスが保たれていると言えるのです。

最近では、子ども達や大人達までもが不幸の主人公となる事件が相次いで引き起こされています。
周りの人達や、自分自身までも傷つけてしまうといった悲しい事件が連日引き起こされています。
こうした事件が引き起こされる背景には、実は、「意識と無意識」との“こころのバランス”が保てなくなってしまったり、自分の“こころのコントロール”がうまく出来なくなってしまった”結果として、引き起こされている場合があるのです。

◎皆さんの中にも下記のような“心落ち着かない気持ち”になられた事はないでしょうか?

※理由もないのにイライラしてみたり・・・。 
※誰かに、悪口行ってみたり・・・。
※何かに八つ当たりしてみたり・・・。
※なんだか、気晴らしがしたくて車でかっ飛ばしてみたり・・・
※やけ酒、やけ食い・・・。
※時には一人になってみたくて、引きこもってみたり・・・。


誰しもがこうした心落ち着かない“思いや感情”を抱いたことがあるのではないかと思います。

そうした「感情」や「行動」、「行為」というのは、実は・・・、

こころの中の「意識と無意識」のバランスが傾き始めている状態だといえるのです。

下記は極端な例ですが、その“こころのバランス”が、傾いた状態が続いてしまった場合の心の変化について見てゆきたいと思います。

※ケース1 :本当の事が言えずに、ウソをつき続けてしまったら・・・。
※ケース2 :「嫌だなぁ〜」と、言いたいことを言えずに、我慢し続けてしまったら・・・。



「ケース1」の様に、「自分がウソをついている!!」と、“意識の中で認識”できているうちは、ウソが良くないこと、思わしくない事だと、自分で理解できている状態だといえます。
でもウソを突き続けてしまったらどうなるでしょう?そうなると、自分でもウソがウソなのかどうか分からなくなってしまったり、良い事と、悪い事との判断が出来なくなってしまうのです。(・・・つまり、“無意識の暴走”ってやつです。)

上記の「ケース2」の場合も同様です。
自分の意志には反して、“嫌な気持ち” を持ち続けてしまうと、無意識の中にだんだんと“我慢する気持ち”が蓄積されいってしまいます。
嫌だと“我慢する気持ち”と言うのは、自分の意志に反する心・・・。始めは“嫌だと言う気持ち”を「意識(理性)」で言い聞かせられてたとしても、その後に、「無意識の心」がだんだんと膨れあがってしまうと、次第に言い聞かせられなくなって暴走し始めてしまうのです。

でも、「嫌だなぁ〜」と思う気持ちから目を背けずに、嫌な理由をしっかりと受け止めて、自分なりの解決策を見つけられたり、あるいは、“打ち明けられる人”がいたならば、こころのバランスは保たれてゆくでしょう。

上記のようにもし、“心のコントロール”が出来なくなってしまうと、「食べる・寝る・遊ぶ」といった生きてゆくために必要な普段の生活ができなくなってしまったり、時には“自分”を、時には“相手”を傷つけてしまう行為へと発展してしまうのです。

人の心の中でと言うのは、普段は「意識の部分(自分で自分を自覚できる理性の部分)」が主導権を握っています。

言い換えるならば「意識」が「無意識の部分」をコントロールしているというわけです。

このコントロールがうまく行っている時は、心のなかのバランスが上手くとれている状態なのですが、そのコントロールの歯車がかみ合わなくなると「無意識」が怒り出して、暴走すると言うわけなのです。

「無意識のこころ」の事を“自分の意志に反する心”と表現してしまうと、プラスに作用する意味があるとは思いずらい側面があるのですが、

実は、

「意識」と「無意識」 ・・・ この対照的な二つのこころの存在とは、ぶつかりあうものではなく、互いの足りない部分を補い合うものであり、対照的だからこそそれが合わさることによって「バランス」が保たれているのです。


またまた次回につづく・・・。

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# ユング心理学(3)  Carl Gustav Jung

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◆今回のテーマは・・・「自らの意思に反発するこころの存在(無意識なるこころ)」  
 

人の“こころ”っていったいどうなっているの? 

誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、そのPart、3。

「ユング心理学」の視点を自分なりに解釈しながら、“存在しない自分のこころの世界”に目を向け、向き合うことで、“こころと身体の健康作り”について深め考えてみたいと思います。


私達の心の中には、たくさんの思いや感情をもった「小さなこころ」がたくさん詰まっている事は前回述べました。

そして“こころ”というのは、「意識している心」「意識できていない無意識なる心」の双方で成り立っていることも考えてみました。


皆さんの中には、「意識していないもう一人の自分の存在(無意識の自分)にふと気づいてしまった!!」 なんて方もおられるのではないかと思います。(中には、認めたくない為に、気付いていないふりをしている人もいるのではないかと思います)

小説家や映画監督さんなどの対談特集などを見ると、「もう一人の自分と相談しながら書いてます!!」とか、「もう一人の自分がストーリーを考えてくれるんです」って、フツーにお話しされる方がおられます。

(初めは私も、「何だこの人達は・・・、特殊な力をもった人達なのか?」って思ってましたけど・・・。)

実は、そうした人達は、自分の心の中にいる「もう一人の自分の存在」に、既に気づいている方達なのです。
そして、決して特別な能力などではなくって、実は私達、みんなが持っている“こころ”なのです。


そんな、私たちが持っている「無意識なるこころ」なのですが、

今回は、私たちが普段、身近に用いる言葉・・・、

「我慢」 という言葉を用いて、「意識」と「無意識」のこころの存在 について考えてみたいと思います。

私達が、よく口にする「我慢」という言葉。

この「我慢」という言葉を用いるときの心模様を振り返ってみると、 崛宛きな言葉」として用いられる場合と、それては反対に、◆峇え忍ぶ・こらえる」場合に用いられる場合はあります。

※例えば、何か大きなもの(事)を得ようとする時や、掴み取ろうとする時などの場合には、比較的「前向きな言葉として用いられる場合がありますよね?例えば・・・、
(目標ままであと少しの我慢だ・・・、約束した日まであともう少しの辛抱だ・・・、注文した新商品が届くまで後少しの我慢だ・・・などなど)

しかし、この「我慢」という言葉!!
実はとっても“くせ者”で、◆崋らの意志に反して“堪え忍ぶ”」場合に用いられるケースもあるのです。例えば・・・、

 

※ ケース :「人前では大丈夫ですよ!って素振りをみせていても、実はこころの中では「あ〜嫌だ
  なぁ」 と思って我慢してみたり・・・、
※ケース 「○○さんと打ち合わせ、でも本当は会いたくないなぁ・・・」 と思って我慢してみたり・・・、
※ケース 「○○さんに誘われて・・・、でも本当は行きたくないなぁ・・・」 と思って我慢してみたり・・・、
※ケースぁ屐○さんに勧められて・・・、でも本当は買いたくなかったなぁ・・・」 と思って我慢したり、
※ケースァ屐○さんに言いたい!!、でも怒られるから黙っておこう・・・」  などなど。

実は、こうした「我慢」という言葉と同じように、人の“こころ”の中にも、「自分の意志に反して反発する“こころ”」「存在」するのです。 

※ケース,両豺
→「人前では大丈夫ですよ!って自分の“意識”に言い聞かせている自分と、
→「実はこころの中ではあ〜嫌だなぁ!」 と“無意識”の中で嫌だと感じている自分。

※ケース△両豺
→「仕事だからと、○○さんと打ち合わせに行かなければ・・・」と“意識”の中で言い聞かせている自分と、
→「でも本当は会いたくないなぁ・・・、」と、実は“無意識”の中で嫌だと感じている自分。

上記のように、“自らの意識に反発するこころ”こそが実は、「無意識(意識していないもう一人の自分)」の存在でもあるのです。

心理学者のユングは、一つの心に「対照的な性質をもつ“こころ”」同士が存在するからこそ、その両者が合わさることによって“完全な人のこころ”が導き出せると」述べています。

対照的な二つの“こころ”は決してぶつかり合うものではなくって、互いに足りない物を補ってゆくもの!!

「意識している存在」と「意識できていない存在」が合わさることで、“心の全体の姿”を示しているともいえるのです。

人は、自分の間違いや認めたくない事については、そのこころを覆い隠そうとします。

※知っているふりをしてみたり・・・、
※ごまかして見たり・・・、
※嘘を嘘をついてみ見たり・・、
※ごまかして見たり・・・、
※人を責めてみたり・・・、
※自分をせめて苦しんでみたり・・・、

自分自身の“心”を否定することが余りに辛いと感じれば感じるほどに、他者を非難することによって自分自身を正当化しようしてしまう場合があります。

人のこころの成熟さと言うのは、そうした、自分自身の心を否定する気持ちをも受け入れられる心の葛藤を乗り越えてこそ、成熟されてゆくもの。

「意識」と「無意識なる心」とのバランス・・・実は、双方の歩み寄りの元に、内面への成熟に繋がりえるものなのです。


そんな、“もう一人の自分”の存在”を少し意識して、“歩み”よってみると“こころの持ち方”が少し楽になるかもしれません。


次回につづく・・・。

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# ユング心理学(2) 意識している自分と、無意識の自分  Carl Gustav Jung

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今回のテーマは・・・「意識」している自分と、「無意識」の自分☆

人の“こころ”って難しいなぁ?
人の“こころ”っていったいどうなっているの?
 

誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、前回の続き・・・。

「ユング心理学」の視点を自分なりに解釈しながら、“存在しない自分のこころの世界”に目を向け、“こころと身体の健康作り”について深め考えてゆきたいと思います。


前回も触れてみたのですが、私たちの業界は「モノ」を扱う仕事ではなくって「人」を相手に、喜んでもらったり、楽しんでもらったり、満足してもらう事を最大のテーマに“心とからだの健康作り”を応援する仕事。

それ故に、人と人との関係性が自分自身の「意欲」や「やる気」、「居心地の良さ」にとても大きく影響してしまう場合があります。その関係がスムーズであればある程に「言いたい事が言えたり」「思っていることを自然な形で表現」することが出来たりしします。


しかし反対に、“その関係が上手く行かなかった時”の“こころ模様”を振り替えってみると、そんな時ほど、こころの余裕が持てなくってしまって自分の事で精一杯だったりしますよね?

その関係がうまく自分自身のこころの中で対処できる場合なら良いのですが、そうでなく、更に悪い方向にエスカレートしてしまう時などの場合は、様々な“感情”が自分の心の中に渦巻いてゆきます。

自分自身のこころの中で受け止められない時ほど、こころの中の「防衛機能」・・・(自分の心を否定するにはあまりにも辛くて、他者を非難することによって自分自身を正当化しようとするこころ)、が働いて、人の話を聞いてあげるどころか、「なんで自分の気持ちを何で分かってくれないの?」と、逆に他人のせいにしてみたり、ウソをついてみたり、自分を責めてみたり・・・と、もう大変です。


自分自身の一方的なこころ模様・・・「こうあって欲しい」「こうありたい」と願う「こころ」が強ければ強いほどに、それを分かってもらえなかったり、受け止めてもらえなかったりした時のショックは大きくなってしまって、ひどい場合には、他者を非難する心だけが残ってしまうこともあります。

そのように、私たちのこころで感じる“気持ちや感情”が様々に変化してしまうのは、実は人の“「こころ」の中”には・・・、

たくさんの思いを感じる「小さなこころ」がたくさん詰まっているから・・・。

※例えば、下記のような場合で考えてみると、いずれのは場合も「2つのこころ」を持ち合わせている事がわかります。

※ 「言いたいことが、言えない・・・!!」 そんな人のこころは?
→「仝世い燭い海箸“言えない自分”」と、「言いたいことを実は“言わない自分”」 がいる・・・。

「ダイエットしたいけど、なかなかできない・・・!!」 そんな人のこころは?
→「.瀬ぅ┘奪箸靴燭ぜ分」と、「⊆造蓮▲瀬ぅ┘奪箸靴燭ない自分」 がいる・・・。

実は、上記のように“それぞれの“思い”をもった“こころ”が存在する為に、意識していても“行動”に現わせずにいる場合があるという事なのです。

更に、言い換えるなら・・・、


こころの中に「意識していないもう一人の自分」が「いる」と言うこと。


※“こころの世界”を解明しようとした「ユングの視点」をかりて述べるなら、

「心」というものには・・・、


→本人が自分で解っている部分=「意識できている自分」があるのに対して、
→本人にも明確に解っていない部分=「無意識の自分」がいる。


「意識」は頭で言い聞かせられて自分自身で確認できるので良いのですが、「無意識のこころ」と言うのは、そうはいかない・・・。

「無意識の心」は、意識とは相反して感ずる“こころ”とも呼ばれている程、奥深く、生まれてから忘れ去られた記憶が無意識(個人的無意識)のこころ中に閉じ込められている場合があるのです。

そんな、自分自身の感ずる“もう一人の自分”の存在”を少し意識して、歩みよってみるとこころの持ち方が少し楽にかもしれません。


次回に続く・・・。

| comments(0) | trackbacks(0) | 22:34 | category: ユング心理学 Jung |
# ユング心理学(1)  Carl Gustav Jung


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私たちの職場は「モノ」を扱う仕事ではなくって「人」を相手に、喜んでもらったり、楽しんでもらったり、満足してもらう事を最大のテーマに“心とからだの健康作り”を応援する仕事です。

それゆえに、人と人との関係性が自分自身の「意欲」「やる気」「居心地の良さ」にとても大きく影響してしまう場合があります。そしてはそれは、職場だけでなくって、地域での関わり合いやサークル活動、友達との関係・夫婦間・家族関係においても同じこと・・・。
その関係がスムーズであればある程に「言いたい事が言えたり」「思っていることを自然な形で表現」することが出来たりしします。

心に余裕がある時って、なんだか話を聞いてあげられる余裕が持てたり、人に優しくなれたりしますよね?

しかし、昨今では、癒しの時代と呼ばれているように、心のよりどころを通じて迷いさまよう人たちがたくさん増えてきたように思えるのは私だけでしょうか?

“心満たされず”、“こころ打ち明けられず”、“こころ受け入れられないまま”、犯罪という行為・行動でしか伝えられない人達が増えつつある時代にある事に、戦後の時代のような、「ただ、日々生きる事を目標にしていた時代」から、「こころのよりどころを求めはじめた時代」へと、“物質的な豊かさ”を手にいれが故に、人々の“願望の形”もまた「変化」しつつあることを感じてしまいます。

そこで、今号より、ブログカテゴリーの中に・・・、

「心の持ち方が“HAPPY”に変わる心の育て方」

を、付加してみる事にしました。

人々の内面的世界について解明しようとした、“ユング心理学の視点”を参考にしながら、自分なりに解釈を図り、自らの学びとすべく、“こころの世界”に触れて考えてみたいと思います。

今回はその序章・・・、


◎皆さんの中には・・・

人の“こころ”って難しいなぁ? 人の“こころ”っていったいどうなっているの?
誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないでしょうか?

※泣いている自分・・・、笑っている自分・・・。
※喜んでる自分・・・、悲しんでる自分・・・。
※落ち込んでいる自分・・・、苦しんでいる自分・・・。
※イライラしている自分・・・、ソワソワしてる自分・・・。
※悪口を言ってる自分・・・、自分の事を責めている自分・・・。
※ウソをついている自分・・・、ごまかしている自分・・・。
※知ってるフリをしている自分・・・、自分を否定している自分・・・。


◎そうした感情は(気持ち)は、いったい“こころ”のどこからやってくるのでしょうか?
◎なぜ、そんな感情(気持ち)を抱いてしまうのでしょうか?


そうした、複雑で奥深〜い人の「こころ」の存在・人の「こころ」の正体を解明しようと試みたのが、オーストラリアの精神医学者「ジグムント・フロイト」や、現代心理学者の巨人と呼ばれる「カール・アドルフ・ユング」でした。
彼の開拓したユング心理学はあくまでも心の疑問に対するユング独自の考え方です。
それ故におおくの批判や反論もありますが、心の病に陥り苦しんできた人々を救ったり、希望を与える心理学として多くの人々に支持されるようになりました。

もともと「心理学」とは=「人の意識や行動を研究する学問」だと定義づけられていて、ユングが目指したのは“人の心の探究”によって人間のもつ可能性”や、そして“本当の幸福とは何か”と言うことを見いだす事。

ユング心理学はまさにそうした“目標”の為に存在する学問として支持されてきたのです。

自分自身の内面的気付きが、お客様への心的支援に繋がりえることを期待し・・・


次回につづく ・・・。 

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