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# エリクソンの発達段階論からの学び 〜第4段階:児童期のライフサイクル~ ericsson childhood


私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。Your happiness is my pleasure☆

新たなテーマとして加えた、心理学者:エリクソンの発達段階論。

※ライフサイクル8段階
1:乳児期      ・・・ (基本的信頼 vs 不信)
2:幼児期前期  ・・・ (自律性 vs 恥・疑惑)

3:幼児期後期  ・・・ (自主性 vs 罪悪感)
4:児童期    ・・・ (勤勉性 vs 劣等感)
5:思春期・青年期 ・・・ (アイデンテティ vs アイデンテティの拡散)
6:成人期    ・・・ (親密 vs 孤立)
7:壮年期    ・・・ (世代性 vs 自己陶酔)
8:老年期    ・・・ (統合性 vs 絶望)



今回は、第4段階。


児童期 (勤勉性 vs 劣等感) ・・・ 導かれるものは「有能感」



「児童期」とは、6歳〜12歳までの期間を示しています。

◎この時期に克服が必要とされている“課題”は ・・・
「勤勉性 vs 劣等感」
◎この時期に必要とされる“重要な出会い”は ・・・ 「学校・近隣(友達や集団との出会い)



6才頃から12才頃までの時期を 「児童期」 と言われています。

生活の主な場所は 「家庭」から 「小学校」 へとその舞台が変わってゆく時期でもあります。
子ども達は小学校に入ると、新しく出会った仲間や友達との関わり合いを強めてゆきます。
親から少しづつ離れた環境の中で友達や仲間と出会い、その関係の中から自分の得意なものや苦手なもの、できる事や出来ない事に気付きながら能力を獲得する時期でもありますね。


この時期に獲得が必要とされている危機は、 「勤勉性」 「劣等感」

「勤勉性」 というのは、勉強をまじめにしっかりやるといった意味合いも含まれていますが、その土壌には “自分自身の意欲” によって “試したいと思う行動” の全てが当てはまるのではと思えます。 この時期は、学校という社会的組織に見守られながらも、自分をとりまく外社会について関心が強くなり、自分の意思で、参加してみたいと感じる時期でもあります。
そうした新たな環境の中で自分で試みた事が成功する事だってあるでしょうし、また、失敗することだってあるでしょう。 失敗と成功を繰り返しながら、自分自身の能力を確認し、時に “劣等感” を感じながらに積み上げてゆく過程そのものが、この時期の実りある心(自信)を大きくさせてゆくのです。
自分の試みた事が周りの人達からしっかりとほめられ、励まされた時、これまで頑張れたこと全てが、自分の心の中で受け入れられるようになり、 「有能感」 を育んでいく。

しかし、この時期に頑張れた事や、チャレンジできたことが少なかったりすると、 「有能感」 の育みも小さくなってしまいます。 そして、頑張れたことに対してほめられる事が少なかったり、評価されなかったり、認められなかったりすると、 「劣等感」「勤勉性」 を上回ってしまって、子ども心に 「劣等感」 ・・・ (自分は人よりも劣っている) との実感を強く残してしまい、自信が持てない心を育んでしまうこともあるようです。

また、この危機に失敗してしまうと、自分の 「意志」「価値観」 をも、他者にゆだねようとする心を育ませる場合もあるのです。

例えば・・・、「自分で何かを決める」「自分で決断する」という行為そのものが、自分の “意志”“願望” によって決められるのではなくて、自分には自信がない(自分ではどうすることもできない) ・・・ から他者や外的環境によってきめられるものである・・・、との認識が強くなってしまう様な場合や、自分は何をやっても駄目で、何もやれないという劣等感にさいなまれることにもなってしまうと言う事ですね。


〜 有能感 と 優越感 の違い 〜

「勤勉性」 「劣等感」 の危機の克服によって育まれてゆくものは 「有能感」 だと述べました。
ここで一般的に用いられている、 「有能感」 「優越感」 との違いについても考えてみたいと思います。

エリクソンの発達段階論の視点が示している 「有能感」 とは、“他者と同等”


つまり、友達や仲間ができる事は、「自分にだってできる」「自分にだってやれる」「友達に劣っていない」と感じることのできる心だと言えます。 また、「出来ないことができるようになる」事も先の勤勉性を土壌としながらの有能感だと言えます。

一方、 「優越感」 というのは、他者よりも秀でている。 つまりは、友達や仲間よりも自分の方が勉強ができる、スポーツができる、能力があると言う事の意を指示していると言えます。

つまり、この 「児童期の段階」 において獲得が必要とされているものは 「優越感」 よりもむしろ、 「有能感」 の事を示していて、仲間や友達との関わり合いを通じて“自分は同等”であるという心の育みがとても大切になると言う事なのです。

しかしもし、この段階で 「勤勉性」 が強くなりすぎた場合(有能感の獲得が大きくなりすぎた場合)には、他者を卑下する心を育んでしまう場合もあるのです。 自分たちのような有能で優秀な人間が存在する為には、自分たちよりも能力の低い、劣った人達がいなければならないしと、ある種歪んだ優越感を持つようになるのです。

こうした有能感の育みは、仲間や他者との関わり合いの中から育まれていく事はこれまでに述べてきましたが、その在り方もまた、昨今では近代化の影響を受けて、 “外遊び” を通じた育みから “室内遊び(ゲーム機器)” などを通じて獲得されてゆく場合もあるように思えます。

現代社会において “ゲーム機器” は、既にIT社会の到来と共に必要不可欠な時代となりました。今やIT社会と言われるほどに急速な技術の発展を持って世界全体のビジネス形態も変化しつつあります。私達が子どもの頃に手にしていたゲームウォッチやファミリーコンピューターなどは、その先駆けとも言え、今や仮想現実の中での第二の人生をスタートさせると言ったビジネスまでもが発展しつつあります。(その世界に向かう人々の心理につじてはまだまだ理解に苦しみますが・・・)。
ひと世代前の親世代から見ると、今の子ども環境は到底予測もつかず、ゲーム機器の普及が子ども達にとっての群れ遊び要素を踏まえた関係形成に既に欠かせない存在になりつつある事も、理解できないと感じる人たちも多いと思います。

しかし、そうした社会的背景を添えながらも、子ども達にとっての心の育みを支援していく世の中に変化しつつある今の世の中、を考えれば考えるほど、その両者をうまく両立できる“指導者としての在り方”もこれからますます必要とされる時代に来ているように感じます。

●したくない事や自分の意志に反しながらもしなければならないという感覚を覚えてもらう “ 主体性 ”。 そして、

●やりたいこと、試したいことを意志をもってチャレンジさせて発見させながら自分自身の心に気付きを感じてもらえる“自主性”。


両者を両立させることはとても難しいことですね。でも、子どもの心の発達の背景にはそうした 「勤勉性」 「劣等感」 との “葛藤” を乗り越えてゆくことの先に導かれる事を踏まえて関わり合える(指導する)在り方もまた、心的支援に繋がりえる大切なあり方だと思えます。



☆解決が導くもの ・・・ 「 有能感 」
→解決とは、その時期の葛藤を自分自身の心に統合化されていく事によって育まれていくもの
☆中核的な病理  ・・・  「 不活発 」
☆心理、性的な段階と様式 ・・・ 潜伏期



教育というものの在り方・添え方・価値観は様々。ですが、子どもたちが不幸の事件になる事件が相次ぐ世の中において、上記のような視点をもって歩み寄れる仲間としてのコーチの在り方もまた、大切な「有能感」を育める機会の提供にも繋がりえるのではないかを感じつつあるこの頃。まだまだ質を高める努力が必要だと感じる私です。


※幼少期にこの「有能感」の獲得がスムーズにいかないまま、大人へと成長する場合も往々にしてあると言われています。しかし、大人になってからその時々の“出会い”を通じて「勤勉性」が育まれたならそれは、「有能感」の育みに繋がり、次なる段階にスムーズに移行できるということですね。

次回は、「第5段階:青年期 (同一性 vs 同一性拡散)」 について考えてみたいと思います。


更にエリクソンに興味のある方はこちらからどうぞ

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# エリクソンの発達段階論からの学び 〜第3段階:幼児期後期のライフサイクル~ ericsson childhood


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新たなテーマとして加えた、心理学者:エリクソンの発達段階論。

※ライフサイクル8段階
1:乳児期      ・・・ (基本的信頼 vs 不信)
2:幼児期前期  ・・・ (自律性 vs 恥・疑惑)
3:幼児期後期  ・・・ (自主性 vs 罪悪感)
4:児童期    ・・・ (勤勉性 vs 劣等感)
5:思春期・青年期 ・・・ (アイデンテティ vs アイデンテティの拡散)
6:成人期    ・・・ (親密 vs 孤立)
7:壮年期    ・・・ (世代性 vs 自己陶酔)
8:老年期    ・・・ (統合性 vs 絶望)


今回は、第3段階。


幼児期後期 (自主性 vs 罪悪感) ・・・ 導かれるものは「目的」



「幼児期後期」とは、3歳〜6歳までの期間を示しています。


◎この時期に克服が必要とされている“課題”は ・・・ 「自主性 vs 罪悪感」
◎この時期に必要とされる“重要な出会い”は ・・・ 「家族(自分の目標としての両親との出会い)



前の「幼児期前期」の段階で、子供たちの “自律性” が育まれていくと、「あれもしたいなぁ、これもしたいなぁ」と言った、自分で発想し行動する意欲(自主性、自発性)がでてきます。

目に映るもの全てに興味を示すようになり、試したくなる時期でもありますので、いろいろな事をチャレンジさせてあげる時期ですね。 好奇心が大旺盛な子どもの中には、やんちゃしたり、いたずらをしたり、おてんばしたりする子ども達も出てきます。 まさに、自分で考えて行動しようとする「自主性の獲得」の時期とも言えます。

この段階は、 “意志の芽生え” が始まる時期とは言え、まだ、「何をしてもよくて、何をしたらダメなのか?」 「何が正しくって、なにが間違っているのか?」 といった判断ができない時期になりす。 ですので、「母親」や「家族」、「他者」との関わり合いを通じながらに、ルールや社会性を育んでゆくことになります。 また、友達(他者)との “ごっこ遊び” などを通じて自分を意識し始めながら外社会に出ていこうとする時期でもあります。


この時期の “重要な出会い” となるのは身近な存在である 「家族」 になります。

母親との「基本的信頼」の獲得を土壌としながら、父親や自分をとりまく家族との関わり合いを通じて 「自主性」 を育んでいきます。 また、母親のマネ事を始めたり、母親のような存在になれるように・・・と、両親からの期待も感じ取れるようになり、自分から親に合わせるような自制心も育まれていきます。 

両親をモデルとしながら、その試しの場を友達の中で見出しながら、 “ごっこ遊び” を通じて外社会に積極的に出ていこうとします。


つまり、後期の段階になってくると、自分がこれまで「母親」や「母親的存在」を通じて経てきた経験や体験を、外社会で試しながらに 「自主性」 ・・・ つまりは、目的」の為に欲しいものや、チャレンジしたい旺盛な心、野心と呼ばれる独立感覚の基礎となる心を育んで行くのです。


しかし、 「自主性」 を乗り越えることが出来ずに、「できなかった事」などの 「罪悪感」 が大きくなってしまうと、友達(他者)と上手く関われなくなってしまったり、苦手としてしまったり、外社会への環境に上手く馴染めずに適応能力が欠落してしまったり・・・、更には、積極的に行動ができない心を育んでしまうこともあるようです。

“指示待ち” と呼ばれる背景も、実は、こうした 「自主性」 の段階において過剰な “躾” や、「あれはダメ・・・、」「これはダメ・・・、」といった過度な管理環境が、そうした心を育ませてしまう背景にもあるようにも思えます。 そして、更にその期待が大きくなりすぎてしまう場合には、心身症や、深い憎悪を頻繁に起こすようになってしまう場合があるのです。


そうした背景を踏まえて考えてくゆと、 「自主性」 > 「罪悪感」 を上回る形で、この時期の葛藤を乗り越えられた時、強い 「目的意識」 をもった心の育みに繋がり、この時期の “重要な出会い” となる、「両親(家族)」との関わり方がとても大切になると言うことになります。

また、 “躾” とはいえ、両親(家族)などによる行きすぎた期待の押しつけや、強すぎる管理や強制、また、暴力的な圧力によって子どもを抑圧する躾は 「罪悪感」 を強くさせてしまう場合もあり、それよりもむしろ、子どもの目線に添い、共に積み上げてゆく “躾の在り方” もまた、子どもの自主性の心の育みに大きく影響してゆくものであるように思えます。

特に今の日本社会は、ストレス社会とさえ言われるほど、心にストレスをためやすく、心に余裕の持ちにくい時代だと言われています。
幼き頃の過度な期待の押しつけや、家庭環境などが原因で、大人になってから道をさまよう人たちも年々増えてきています。 そうした背景が、実は、幼少期における「自主性」の育みを欠落させてしまう場合があるという事を考えてゆくと、子どもと両親との出会い ・・・ 「親子関係」を通じた自分の目標としての出会いは、児童期以降に訪れる、友達や集団との関わり合いにおいて、広く繋がりえることになるのです。

そして、両親に見守られながらに、やんちゃ、おてんば過ぎる位が丁度いい ・・・ そう感じつつ、

やんちゃや、おてんばできる環境の提案がまた、スイミングクラブにおいても自立の観点から支援出来た時、教育的心の育みに繋がる基軸として、社会的役割に繋がりえるものと感じます。



☆解決が導くもの ・・・ 「目的」
 →解決とは、その時期の葛藤を自分自身の心に統合化されていく事によって育まれていくもの
☆中核的な病理  ・・・  「制止・心身症」
☆心理、性的な段階と様式 ・・・ 性器的機能



先にも掲げましたが、子どもの頃にこの 「自主性」 の育みが弱く、罪悪感を強めたまま、大人になってしまう場合も往々にしてあるとされています。
しかし、大人になってからの新たな “出会い” によって、幼少期に獲得できなかった「自主性」育む葛藤が乗り越えられたなら、次なる段階にスムーズに移行できるということですね。


次回は、 「第4段階:児童期 (勤勉性 vs 劣等感)」 ついて考えてみたいと思います。


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# エリクソンの発達段階論からの学び 〜第2段階:幼児期前期のライフサイクル~ ericsson childhood


私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。 Your happiness is my pleasure☆

前回より新たなテーマとして加えた、心理学者:エリクソンの発達段階論。

※ライフサイクル8段階
1:乳児期      ・・・ (基本的信頼 vs 不信)
2:幼児期前期  ・・・ (自律性 vs 恥・疑惑)
3:幼児期後期  ・・・ (自主性 vs 罪悪感)
4:児童期    ・・・ (勤勉性 vs 劣等感)
5:思春期・青年期 ・・・ (アイデンテティ vs アイデンテティの拡散)
6:成人期    ・・・ (親密 vs 孤立)
7:壮年期    ・・・ (世代性 vs 自己陶酔)
8:老年期    ・・・ (統合性 vs 絶望)


今回は、第2段階。

幼児期前期 (自律性 vs 恥・疑惑) ・・・ 導かれるものは「意思」


「幼児期前期」とは、1.5歳〜4歳 までの期間を示しています。


◎この時期に克服が必要とされている“課題”は ・・・ 「自律性 vs 恥・疑惑」
◎この時期に必要とされる“重要な出会い”は ・・・ 「母親もしくは、母親的存在)



この時期に入ると、子ども達の 「自律」 の心が育まれてゆきます。

この時期の「自律」とは、排泄のコントロールや、衣食住のコントロール、そして、感情のセルフコントロールをしながら育まれていくことが主にあげられます。
特に、排泄という体験は、自律の心を育む大切な段階と言われていて、うまく排泄できた事などを親にほめられたりすると、そのこと自体が「自律」の心の育みに繋がります。もちろん、失敗してしまって恥ずかしく感じる体験も心の育みに繋がります。

その段階を上手く乗り越えられると、上記で示す 「自律性 > 恥・疑惑」 となり、自己主張できる心を育んでいきます。

自分自身の欲求がコントロールできるようになることや、自分以外のことも考えてコントロールするようになる。 これが、幼児期前期のに獲得していく 「自律性」 と言われているのです。


また、この時期は、自分で何ができるだろうかと、不安や疑問を持つようになる時期でもあります。
自分の足で立つようになり、言葉がしゃべれるようになっていくことで、 “一人遊び” が始まります(友達と遊べるようになる前段階。)  “一人遊び” は、乳児期においての獲得された「基本的信頼」の土台の元に、「母親もしくは母親的存在」の人にしっかりと見守られているという実感を心で感じられる事が“前提”になっていくのですが、そうして、見守られながら一人遊びの世界を広げ、自分の事が自分でできるようになる自律の心の育みを獲得していくのです。

よく、友達とうまく関わることができない・・・とのご意見を頂く事がありますが、実はその背景には“一人遊びの不足”が往々にあることを感じます。そしてそれは、俗に言う “親離れの段階” とも言えますね。


この「幼児期前期の段階」で、親との関係において「自律」の心の育みが上手くいくと、自分自身の欲求をコントロールできるようになり、自分の 「意思」 が芽生え始めます。
つまり、自律の心の育みがスムーズに行けばいくほど、困難な状況に立ち向かえたり、我慢強くなる・・・と言うような、何事に対しても積極的に関わっていこうとする意欲の源になるのです。


また、この時期に入っていくと「母親、もしくは母親的存在」の人は、丁度この時期から躾を始める人も多いのではないかと思われます。 しかし、乳児期の「基本的信頼の獲得」に失敗していたり、あるいは、親の意志によって過剰にコントロールされたりしたまま(過干渉等)、この「幼児期前期」の時期を迎えてしまうと、自分自信の心を素直に受け入れられずに内に閉じ込めてしまったり、恥ずかしいと思う意識(気持ち(恥)が強くなりすぎて、自分に自信ができずに自己主張出来ずにいたり、「自分は十分に発達していないのではないか?」という無意識なる「疑惑」に心を覆われてしまう事もあるようです。

「自律性」の獲得に失敗してしまうと、何に対しても自信が持てない心や、疑ってしまう心、自分を偽ってしまう心を育んでしまう場合もあります。そしてそれは日常の振る舞いの中にも現れてゆきます。自己制御が成立していない場合には、自分の喜びの為に行う行動が、「母親が喜ぶから行う」「周りが喜ぶから行う」といった、自分の心の内を自分自身の中に閉じ込めてしまうような行為として現れてしまう場合があるのです。

昨今、子供たちが不幸の事件となる事象を引き起こしてしまったり、巻き込まれてしまう事件が数多く報道されていますが、世間一般的にみて「良い子」と呼ばれている子がこうした事件を引き起こしてしまう背景には、こうした幼児期に抑圧された“心理的要因”があるようにも思えます。いわゆる「我が子に限って・・・」と言われているやつですね。


また、この時期の危機を乗り越えられないと、自分自身や周囲の環境に対しても無力感に陥ってしまう場合もあるようです。幼児期前期の「恥」の肥大によって、それが強い憎しみに変わっってしまったり、わがままになってしまったり、自信がないのに嘘や虚勢を張ってしまったり・・・。
また、更に敏感なこの場合だと、無力感から他人や環境を変えることさえも諦めて親のいいなりになってしまったりするような、物事に対して消極的な心が養われてしまう場合もあるのです。


この時期の“援助者” 「母親、もしくは母親的存在」 になりますが、やはり親の無償の愛などによってしっかり甘えさせてあげる事がとても大切なように思えます。

ある種、「依存」のように思われる場合もあると言えますが、「自律」は「依存の上」に成り立つことを考えると、その必要性が理解できるように思えます。子どもの意思で興味や関心のあることを自由にやろうとすることはとても大切で、そこから育まれる心が、実は次の段階の「幼児期後期」の「自主性」の育みにも大きく影響してゆくものなのです。


ただ、安全管理及び、社会性から大きく逸脱した事に対しては、ある程度の制限や禁止も必要なことでしょう。子育てにマニュアルなんてありません。なので、この時期の自律性と恥との関係の中で、子どもの目線で、援助してゆける在り方も大切だと思えます。


☆解決が導くもの ・・・ 「意思」
☆中核的な病理  ・・・  「脅迫」
☆心理、性的な段階と様式 ・・・ 肛門/尿道/筋肉/排泄



先にも掲げましたが、大人になってからこの「自律性を獲得」してゆく場合も往々にしてあると述べています。幼少期に獲得できなかったとしてもその時の“出会い”を通じて自律の心の育みが得られたなら、次なる段階にスムーズに移行できるということですね。
特に、私達のようなスイミングやフィットネス業界においては、単なるスイミングから脱皮し、子育て支援施設としての在り方もまた、プログラムを支える基軸になることを強く感じる今・・・。
今日の気付きでした。


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# エリクソンの発達段階論からの学び 〜第1段階:乳児期のライフサイクル〜


私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。 Your happiness is my pleasure☆

前回より新たなテーマとして加えた、心理学者:エリクソンの発達段階論。

8つの漸成図式におけるそれぞれの段階では「肯定的側面 対 否定的側面」 が、対(vs)となって設定されている事は掲げました。
になる双方を、自分の心に受け止めながら、自分自身の心の糧と出来た時、それは、心の豊かさの根源となり、次なる段階の大きなステージへと導かれてゆく。

エリクソンは、その事を示す意を、アイデンティティ(自己同一化)とだと述べていますが、「同一化」すると言う事はつまり、自我の持つ意識が「他者と同じである」「変わらないもの」「固定しているもの」と、言うのものではなくって、上記でも述べたそれぞれの段階の “葛藤” を受け止め、乗り越えることによって “統合” してゆく事の意を示しています。

※ライフサイクル8段階
1:乳児期      ・・・ (基本的信頼 vs 不信)
2:幼児期前期  ・・・ (自律性 vs 恥・疑惑)
3:幼児期後期  ・・・ (自主性 vs 罪悪感)
4:児童期    ・・・ (勤勉性 vs 劣等感)
5:思春期・青年期 ・・・ (アイデンテティ vs アイデンテティの拡散)
6:成人期    ・・・ (親密 vs 孤立)
7:壮年期    ・・・ (世代性 vs 自己陶酔)
8:老年期    ・・・ (統合性 vs 絶望)


今回は、第1段階。

◆乳児期 : 「 基本的信頼 vs 不信 」 ・・・ 導かれるものは「希望」


「乳児期」とは、0歳〜1.5歳までの期間を示しています。

◎この時期に克服が必要とされている“課題”は ・・・ 「基本的信頼 vs 不信」
◎この時期に必要とされる“重要な出会い”は ・・・ 「母親もしくは、母親的な存在」


この時期の乳児は不快なことがあれば“泣く”という行為や行動で示される場合がありますね。不安を感じているから泣く、不快だから泣く、愛情が欲しいから泣く・・・、その行為は様々にあると思えますが、母親の愛情を感じることによってその不安や不快さは、安心できる心・信頼できる心に変わります。“泣きやむ”という行為もその一つの現われであるように思われます。

そうした “不快さ” を取り除いてくれるような愛情を感じられる出来事がたくさんあればあるほどに、その乳児期の子ども達は、「この母親のもとに生まれてきてよかった。」「この世界に生まれてきてよかった」との安心できる気持ちが芽生え、その心は“信頼できる心”となります。

しかし逆に、「自分が泣いても誰もかまってもらえない・・、」「かまってもらえたとしても愛情が感じられない・・・、」と、不快な気持ちばかりの状態が続いてしまうと、「私は何のために生まれきたの?」「自分にとって信頼できない世界」なのだと無意識の心の中に “不信の心” を溜めこんでしまう場合があるのです。

この時期に 「基本的信頼」 の心よりも、 「不信」 の心を多くため込んでしまうと、「親離れが出来ない・・・」「自立できない・・・」また、「自分の心をうまく処理できず・・・」に、ひきこもりになってしまったりする場合もあるのです。

この時期の 「基本的信頼の獲得」 は、以降の心の育みの中でとても大切な段階とされていますが、それは、母親や母親的存在の人との “授乳関係” などを通じても安心できる心を育んでゆくと言われています。 

唇で母乳を飲む行為や呼吸器の発達、排泄を通じての筋肉運動機能の育み、また、食物摂取という生理的な部分も含めながらに、「母親、もしくは母親的存在」との信頼関係の育みの度合いによって、後の人格発達の原型となる“自己の形成”にも大きく影響してゆくものなのです。

そして、この時期の 「基本的信頼の獲得」 は、特に、学童期以降に訪れる「自律」に大きく影響してゆきます。 「母親もしくは、母親的存在」 との “出会い” や関係形成の度合いによって、親離れもスムーズになり、そうした「基本的信頼獲得」を土壌としながら、幼児期以降の 「自律の心」 を育んでいくのですね。

それほどこの時期の 「基本的信頼の獲得」 は大切だと言う事です。

この時期の大切な出会い ・・・「母親、もしくは母親的存在」との「基本的信頼の獲得」する家庭において、他者を受け入れられる自己をを築き上げていく土台が作られてゆくと言うことですね


★解決が導くもの ・・・ 「希望」
 →解決とは、その時期の葛藤を自分自身の心に統合化されていく事によって育まれていくもの
★中核的な病理  ・・・  「ひきこもり」
★心理、性的な段階と様式 ・・・ 口唇/呼吸器/感覚/筋肉運動的(絵取り入れ的)



先にも掲げましたが、大人になってからこの「基本的信頼」を獲得して更生してゆく人たちも随分多く、その時の“出会い”によって導かれることも往々にしてあるように思えます。

特に、私達のようなスイミングやフィットネス業界においても、お客様との基本的信頼の獲得(不安解消のお手伝い)が在籍延長に繋がり、また、プログラムを支える基軸になるのでは、と、業界にも広く伝えたい今・・・。


次回は、 「第2段階:幼児期前期(自律性 vs 恥・疑惑)」 について考えてみたいと思います。


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# エリクソンの発達段階論からの学び 〜序章:人と人との出会いを通じた関係形成の視点〜 ericsson


私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。 Your happiness is my pleasure☆

私達は人と人との関係の中で生きています。
母親から生まれ、幼少期の段階を経て、大人になり、そして、人生のライフワークの中で自分自身の心を育てていきます。

その過程においては、悩み・苦しみ事だってあるでしょう。
楽しいことや喜ばしい事だってたくさんあるでしょう。

その心は “人と人と出会い” を通じて育まれてゆくものであり、 “人と人との関係性” の中で、新しい学びや気付き、そして、様々な葛藤を経ながらにしてその心を更に豊かな心へと成長に導びいてゆくもの。特に私達のような業界においては、単に身体的な充足感だけでなく、人々の心の中に抱き、感じる不安や悩み、期待や欲求などと言った内面の満足感を支援する事も大きな役割であると考えます。


そこで、今回より、心理学者である 「エリクソンの発達段階論」 から見た視点を、新たなBlogのテーマに加え、 “出会い” を通じて得る事のできる 「内面的豊かさの根源」 について理解を深めてみたいと思います。


〜エリクソンの8つの発達段階論序章〜

エリクソンによれば、人は生まれてから老いに達するまでの人生のライフサイクルの中で、各時期に達成しなければならない 「課題」 があると述べています。
人として生きている限り、成功・失敗による“心の葛藤”が生まれてきます。
このように生まれた葛藤のことを心理・社会的危機とも述べているのですが、危機とはつまり、葛藤を乗り越える事によって、次の葛藤へと構造転換する事の意味を示しています。
そして彼は、ライフサイクル論の中において、人の一生を 「8つの段階」 に分け、それぞれの時期に必要とされる獲得段階論を提唱しています。



※ライフサイクル8段階
1:乳児期      ・・・ (基本的信頼 vs 不信)
2:幼児期前期  ・・・ (自律性 vs 恥・疑惑)
3:幼児期後期  ・・・ (自主性 vs 罪悪感)
4:児童期    ・・・ (勤勉性 vs 劣等感)
5:思春期・青年期 ・・・ (アイデンテティ vs アイデンテティの拡散)
6:成人期    ・・・ (親密 vs 孤立)
7:壮年期    ・・・ (世代性 vs 自己陶酔)
8:老年期    ・・・ (統合性 vs 絶望)


人は、 “人と人との出会い” を通じて、様々に思い、感じ、悩み、考え、そして・・・、
その “葛藤の克服” を経ながらに自らの心を成長させてゆきます。

言い変えるなら、その時期、その段階に応じた“出会い”によって心が導かれるといいっても過言ではありません。そうした葛藤がまたその人個人の心を次なるステージへと自己を成長させてゆくものだと述べています。


それぞれの段階では克服すべき「課題」があり、各段階には

 「肯定的側面 対 否定的側面」

が対(vs)となって設定されているのですが、どちらか一方のみを克服すべきかというとそうではなくて、「否定的な部分」を抱え、受け止めながらそれを克服し、そして、 「肯定的な部分」 を自分自身の心の糧と出来た時、それは、豊かさの根源となり、それは次なる段階の大きなステージへと導かれるものとなるのです。
エリクソンはその示す意を、アイデンティティ(自己同一化)することだと述べています。同一化すると言う事は、自我の持つ意識が他者と同じである、変わらないもの、固定しているもの・・・と言うの事ではなく、上記でも述べた葛藤を受け止め乗り越えることによって “統合” してゆく事の意を示しています。

そして、それぞれの段階に応じた獲得すべき課題を自らの心で上手く乗り越えられているかいないかによって、以降の人生においてその人の心の持ち方に影響を及ぼしていくのです。


それぞれの 「課題」 においては、一段階づつ理解を深めていきたいと思いますが、一つ言えることは、その 「肯定的な段階」 上手く乗り越えられなかったから取り返しがつかないのかと言うとそうではないと言う事。
つまり、大人になってから、「幼児期」に必要な課題を獲得してゆく場合もあり、逆に、人よりも早く段階を乗り越えてゆく場合もあるのです。

もう少し分かりやすくいうなら、大人になっても幼少期が生き続けていると言う事ですね。

大切なのは、それぞれの段階において 「重要な関係となりえる人(必要な出会い)」 があることに着目することであり、 「重要な関係となりえる人」との“出会いを通じて、心の豊かさ(自己の成長)に導かれる道があると言うことなのです。

私達は、生まれてから、母親の愛情を受けることによって“信頼関係”を築き(乳児期~幼児期)、自己の考え方(価値観)に触れ、やりたいこと、したいことの興味を育みながら、将来の夢や職業、自分らしさなどを見つけ、“自分”というものを確立していく行きます(児童期〜思春期)。
そして、社会に出て、仲間を作り、異性に触れ、様々な人々とのコミュニケーションを行いながら「成人期」を迎え、結婚、子育て、職場の中で部下を持ち指導したり、マネジメントしながらそれらを統合する時期として「成熟期」を迎えます。

そして、人生における “英知” を獲得してゆく・・・。

それが 「エリクソンのライフサイクル論」 なのです。

各段階を経ていくスピードは、個人によってそれぞれ、なので獲得段階に差があるものですが、自分自身が今現在どの段階にいて、何を身につけていくことが大切なのかについての視点から、「エリクソンの発達課題」を深めてゆくと、多くの気付きやヒントが得られるのではないかと思います。


PS:なかなか自分の言葉で表現することは難しく分かりにくい事があるかも知れませんが、発達段階の視点から、更に理解を深めて商品力を高める事の必要性を感じる今日この頃です。
テーマがころころ変わるますが、末長くお付き合い頂けると嬉しく思います。

次回は、 「1:乳児期(基本的信頼 vs 不信)」 について考えてみたいと思います。


今日の気付きでした。


更にエリクソンに興味のある方はこちらからどうぞ

| comments(0) | trackbacks(1) | 01:09 | category: エリクソンの発達段階論 |
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