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# ユング心理学(12) コンプレックスがもたらす心模様  Carl Gustav Jung

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今回のテーマは、 「コンプレックスがもたらす心模様


前回Part.11では、心理学的な視点からみた「コンプレックス」について考えてみました。

コンプレックスとは、
「意識のコントロールから外れた感情」。

つまり、
「無意識のなかのこだわり」。

その「コンプレックス」=(無意識のこだわり)は、普段、周囲の人たちから見れば「個性」「考え方」などといった言葉で用いられ、受け止められることがありますね。

でも、時に、このコンプレックス。

その人の“理性的な行動”を妨害してしまう事があるのです。

人の心は、幼少期の事から、さまざまな体験や経験や人との関係を経て育まれていきます。

楽しさも、嬉しさや、悲しみや、怒りや、苦しみを感じる葛藤全てを、心を育てる栄養源にしながら、その人の心を成長させていきます。

しかし、それと同じくして時に、“自分では受け止めたくないと感じてしまう気持ち”“不快だと感じる気持ち”“上手く受け止めることができない”心を強く心の中に押し込めたまま育ててしまう場合があり、時に、その心が大きくなりすぎると、“暴走”してしまう事もしばしば・・・。

※例えば、


◆親切心で声をかけてくれる友人に向かって、気持ちが解っているのにひどく怒鳴りつけてしまったり・・・。
◆迷惑をかけている事に気付いているのに、八つ当たりをしてみたり・・・。
◆“意識”の中ではきちんと判断をしようとしているのに、それに納得できない感情が現れ理性を狂わせてしまう・・・。


それらも実は、無意識のコンプレックスが示す「行動」だと言えるのです。

そして、その行動は、自分でもよく分からない事の方が多い。

そうした「自分でもよく分からない行動」とうのは、実は、幼き頃より育まれてきた「意識のコントールから外れた感情」が、時に、そのような「行動」や「感情」として表に現れてしまう場合があるのです。

「コンプレックス」と言うのは、人と同じ形で限定されるものではありまん。

その人、その人によって、育ってきた環境も違うし、受けてきた教育も違う・・・、なので、「無意識」の中で育まれててきたコンプレックスもまた、その人の経てきた体験によって様々な形で心として存在するもの。


だから、
人とぶつかり合うことは当然なことで、当たり前な事。


これは私事で、いささか恥ずかしい話なのですが、中学生を卒業する頃まで、人は皆、自分と同じ考え方をしてる、って思ってました(笑)。

なので、「なんで俺の気持ちが分かってくれないんだ〜!!」、「自分がそう思うなら、相手もそう思うだろう・・・、」って感手に思いこんで悩んでいた事もたくさんありました。

まぁ、今でもそう思うことはありますが・・・(笑)。

でも、今思えば、それはごくごく自然であたり前な事。

なぜって?

それは、それぞれ経てきた環境が違うから・・・。

仕事や学校、家庭などを通じて人と関わり合う中で、意見がぶつかり合うって事よくありますね。

でも、実は、

「人の意見を分からせよう!」なんて事はとても難しいことで、それよりもむしろ、「相手がどのように理解しているのか?」って事を考える事の方がとても大切なことなのだと実感しています。

「命令」「暴力」を使って分からせる事も出来ますが、それは本当の意味で、分かりあえる事にはならないですからね。

ただ、その人の育んできた“しきたりや地域性”、強いては、日本社会が育んできた文化的・社会的に築いてきた“男尊女卑的思想”など、人によって自明だと感じる心も様々。
なので、なかなかそうした視点をもって、人と関わりあえる人も少数派だと感じてしまうこともしばしば・・・。

ますます社会は変化していくことでしょう。


話を戻します。


人と人との心が大きくぶつかり会う時と言うのは、コンプレックスを受け入れられていない状態の者同士で引き起こされてしまう場合があることに気付かされます。
自分自身の“無意識なるこだわり行動”は、本人には気付いていないことの方が多く、そんな“心と心”がぶつかり合うと、相手の心を高めあう所か、自分自身や相手に対して、非難する心や、不信につながる心へと発展させてしまう場合があるのです。

そうした、
誰もが皆、心の中で持つ「コンプレックス」

意識しないままに育まれている事の方が多く、簡単に見出すこ事はできないものでもあるのです。

“コンプレックスの原因”と言うのは、本人が、

※「思い出したくない!」 とか、

※「知りたくない!」
※「考えたくない!」
※「意識の中で自覚したくない!」 
と、

そう思えるような辛い体験や、自分自身の納得感の持てない状況の中で抑圧されて育まれてきたもの。

ですので、向き合おうとしても、自分の心が自覚することに“ブレーキ”をかけてしまう場合がとても多いのです。

また、このコンプレックスを見て見ぬふりをして放っておいたり、受け止めようとしなければ、心の病にまで発展してしまう場合があるのです。



人の心は、人によってそれぞれ。


それと同じように、



コンプレックスもまた、人によってそれぞれ。


ですので、人とぶつかり合うこともたくさんあるけれど、それと同じ分だけ、“共感し合える事”もたくさんあるように思います。




※自分自信の心の中の、ちょっとしたこだわりの部分の存在に歩みよって見ると、心の持ち方がほんの少し楽になるかもしれません。

※自分以外の人達の“無意識なるこだわり”の部分に、少し目を向け、歩み寄ってみると、人との関わり方が少し楽になるかもしれません。


次回は、 「コンプレックスとの向き合い方」について考えてみたいと思います☆。

| comments(0) | trackbacks(0) | 00:58 | category: ユング心理学 Jung |
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