心がふわっと軽くなるブログ

ネガティブな状態から自分らしさを取り戻し、
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# ユング心理学(4) 無意識の自分  Carl Gustav Jung

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私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!!  
お時間の許す限りゆっくりとご覧頂けると嬉しく思います
 

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※何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。
  Your happiness is my pleasure☆


◆今回のテーマは・・・「意識している自分と、心の中の自分との関係(意識と無意識との関係)」  
 

人の“こころ”って難しいなぁ?
人の“こころ”っていったいどうなっているの?



誰しもがそう感じたり、悩んだりした事があるのではないかと思います。

今回は、その Part、4。

「心理学」の視点を自分なりに解釈しながらのブログ投稿が続きますが、“こころと身体の健康つくり”を支援する立場にある私たちのような業界においては、はやり、“身体的側面”からの視点だけでなく、人々の内面に目を向けた、心的サポートも大切な役割だ感じます。

お客様の“不安や悩み”がいったいどのような心の模様の元に生じてもたらされているものなのか・・・?

自身の内面的気付きが、実は身体的不安解消を後押しできる事を期待し、この“テーマ”でのブログ投稿続けます。


私達の心の中には、たくさんの思いをもった「小さなこころ」がたくさん詰まっています。
そして、私達の“こころ”の中には「意識している自分」と「自分の意志に反して反発するこころ(無意識の自分)」があることは前回述べました。

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※意識する心とは ・・・・、
・「頭で理解出来ている事」
・「自分で分かっている事」
・「自分でやろうとしている事」
・「自分にとって正しいこと」
・「自分の好き嫌い」 ・・・ など。

※無意識なるこころとは ・・・、
・「自分の思いに反発するこころ」
・「つい〜してしまった」
・「意識している自分の心からは他人のように独立した存在」 ・・・ など。
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今回は、「意識」と「無意識」との関係性について考えてみたいと思います。

「無意識の心」と言うのは、“意識とは対照的なもう一人の自分の(心)”であることは述べました。
“意志に反する”という表現を用いると、「対立したり、衝突したり、攻撃しあうもの」といった否定的な印象を受けます。

でも、実は、“反発する無意識の心”があるからこそ、人の心はまた、バランスが保たれていると言えるのです。

最近では、子ども達や大人達までもが不幸の主人公となる事件が相次いで引き起こされています。
周りの人達や、自分自身までも傷つけてしまうといった悲しい事件が連日引き起こされています。
こうした事件が引き起こされる背景には、実は、「意識と無意識」との“こころのバランス”が保てなくなってしまったり、自分の“こころのコントロール”がうまく出来なくなってしまった”結果として、引き起こされている場合があるのです。

◎皆さんの中にも下記のような“心落ち着かない気持ち”になられた事はないでしょうか?

※理由もないのにイライラしてみたり・・・。 
※誰かに、悪口行ってみたり・・・。
※何かに八つ当たりしてみたり・・・。
※なんだか、気晴らしがしたくて車でかっ飛ばしてみたり・・・
※やけ酒、やけ食い・・・。
※時には一人になってみたくて、引きこもってみたり・・・。


誰しもがこうした心落ち着かない“思いや感情”を抱いたことがあるのではないかと思います。

そうした「感情」や「行動」、「行為」というのは、実は・・・、

こころの中の「意識と無意識」のバランスが傾き始めている状態だといえるのです。

下記は極端な例ですが、その“こころのバランス”が、傾いた状態が続いてしまった場合の心の変化について見てゆきたいと思います。

※ケース1 :本当の事が言えずに、ウソをつき続けてしまったら・・・。
※ケース2 :「嫌だなぁ〜」と、言いたいことを言えずに、我慢し続けてしまったら・・・。



「ケース1」の様に、「自分がウソをついている!!」と、“意識の中で認識”できているうちは、ウソが良くないこと、思わしくない事だと、自分で理解できている状態だといえます。
でもウソを突き続けてしまったらどうなるでしょう?そうなると、自分でもウソがウソなのかどうか分からなくなってしまったり、良い事と、悪い事との判断が出来なくなってしまうのです。(・・・つまり、“無意識の暴走”ってやつです。)

上記の「ケース2」の場合も同様です。
自分の意志には反して、“嫌な気持ち” を持ち続けてしまうと、無意識の中にだんだんと“我慢する気持ち”が蓄積されいってしまいます。
嫌だと“我慢する気持ち”と言うのは、自分の意志に反する心・・・。始めは“嫌だと言う気持ち”を「意識(理性)」で言い聞かせられてたとしても、その後に、「無意識の心」がだんだんと膨れあがってしまうと、次第に言い聞かせられなくなって暴走し始めてしまうのです。

でも、「嫌だなぁ〜」と思う気持ちから目を背けずに、嫌な理由をしっかりと受け止めて、自分なりの解決策を見つけられたり、あるいは、“打ち明けられる人”がいたならば、こころのバランスは保たれてゆくでしょう。

上記のようにもし、“心のコントロール”が出来なくなってしまうと、「食べる・寝る・遊ぶ」といった生きてゆくために必要な普段の生活ができなくなってしまったり、時には“自分”を、時には“相手”を傷つけてしまう行為へと発展してしまうのです。

人の心の中でと言うのは、普段は「意識の部分(自分で自分を自覚できる理性の部分)」が主導権を握っています。

言い換えるならば「意識」が「無意識の部分」をコントロールしているというわけです。

このコントロールがうまく行っている時は、心のなかのバランスが上手くとれている状態なのですが、そのコントロールの歯車がかみ合わなくなると「無意識」が怒り出して、暴走すると言うわけなのです。

「無意識のこころ」の事を“自分の意志に反する心”と表現してしまうと、プラスに作用する意味があるとは思いずらい側面があるのですが、

実は、

「意識」と「無意識」 ・・・ この対照的な二つのこころの存在とは、ぶつかりあうものではなく、互いの足りない部分を補い合うものであり、対照的だからこそそれが合わさることによって「バランス」が保たれているのです。


またまた次回につづく・・・。

| comments(0) | trackbacks(0) | 22:13 | category: ユング心理学 Jung |
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