心の天気図

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# イソップ童話の経営学 ~ 壁とくぎのおはなし (NEW) ~

私のブログにいらして頂いた皆様に感謝です!何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。Your happiness is my pleasure☆


今日は、イソップ童話からの学び


「 壁とくぎのおはなし  からNEWバージョンでお届け。

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乱暴に釘で穴をあけられた “壁さん” が叫んで言いました。

「どうしてそんなに乱暴に僕に穴をあけるんだい」

「ぼくは何かきみに悪いことをしたのかい?何にも悪いことをしていないのに・・・」

すると “くぎさん” は言いました。

「君をいじめているのは、ぼくではないんだ!!」

「僕のお尻をガンガンたたくやつが悪いんだよ!!」

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このお話しは、


「あなたに危害を加えている人を、すぐにせめてはいけませんよ。その後ろで、別の誰かががやっている場合もあるのです」 


と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、


“日々の歩みよりが、人のエネルギーを最大化させる”  と言う事。


社会に出ると、色々な事がありますね。


人と人とが関わり合う社会。


それ故に、


・人と意見がぶつかりあう事もあるでしょう。
・人と意見が対立しあう事だってあるでしょう。


また、


・物事が上手く運ばないことだってあるでしょう。
・前に進みたくっても、進めない出来事だって起こることだってあるでしょう。



今回は、「壁と釘さんのお話し」を通じて、“日々の歩みよりが人の心のエネルギーに繋がりゆく事の必要性”について考えてみる事にしました。



早速・・・、


乱暴に“くぎ”で穴をあけられた“壁さん”は言いました。


「どうしてそんなに乱暴に、僕に穴をあけるんだい!!」


“壁さん”は、「くぎさん」にそう言いました。


“壁さん”自身が、乱暴だと感じたのであれば、きっと、乱暴な穴の開け方をしたのでしょう。

そうだとしたら、「くぎさん」に対してそう感じてしまうのも分かる気がします。


そして、更に“壁さん”は言いました。


「ぼくは君に何か悪いことをしたのかい?」
「何にも悪いことをしていないのに、何でそんな開け方をするのかなぁ・・。」


どうやら、“一方的に穴をあけられている事”に対して不満を抱いているように思えます。

それはなぜでしょう?

それは・・・、


「穴をあけられている“理由”が知らされていないから。」


一方、「くぎさん」もまた同じように思えます。


「くぎさん」は “壁さん”に言いました。


「君をいじめているのは、ぼくではないんだ!!」
「僕のお尻をガンガンたたくやつが悪いんだ!!」


「くぎさん」は、ガンガンと壁に穴を開けようとしています。

それなのに、あたかも責任は自分にないように、「僕ではないんだ!!”」そう伝えようとしています。そんな、“釘さん”の心模様を考えると、


壁さんと同じように、


「ぼくは君に何か悪いことをしたのかい?」
 「何にも悪いことをしていないのに・・・」


そう感じているようにさえ思えます。


それはなぜでしょう?

それは、


「釘のお尻をたたかれる事の“理由”が知らされていないから。」



・社会に出ると“壁さんや釘さん”のケースのように、お互いの責任を逃れ合う場合が往々としてあるように思えます。
・組織の中に入ると、お互いの意見がぶつかりあう事が往々としてあるように思えます。
・人と人との関わり合いが増えると、心苦しく感じてしまう事が往々にしてあるように思えます。



お互いの流れゆく時間を長く過ごせば過ごすほど、そうした事態に直面すると、

それを支援する立場にある人達にとっては、心辛く感じてしまうもの。

そんな風に思います。

 



この童話から感じられる事は、


それぞれの「目的の共有」がとても大切にになるのではないかと言う事。

“壁さん”に例えるなら、


「穴をあけられる理由」
 「穴をあける事が、誰の為になるのかの理由」



その為には“日々の歩みより” がとても大切になるようにも思えます。


(でも、なかなか思うようにいかないものですね。)



会社や組織における “管理者の役割” を考えると、その一つに、「受け手の側」の“特性”や“個性”を最大限に導きだす事がとても大切な“視点”であるように思えます。
中には、“人の人格や個性を受け入れようと努力して管理するマネジメントスタイル”よりも、“一方的な指示の伝達”によって、効率や業績を向上させようとするマネジメントスタイルを選ぶ人達だってあるでしょう。

また、「自分に気が合わないから・・・」「仕事の進め方が自分とは違うから・・・」と言って、
悲しいかな“相性”という形で解決を導こうとする人達だってあるように思えます。

そしてそれは、人と人、上司や部下との関係性だけではなく、企業と企業(win-win)の関係において交されてゆく事も同じ。

経済至上主義の法則からすれば、“立場”“職階”に応じて「命令権」を発動しながら、「意志・指示」を伝達することは、決して間違った管理・誤った管理の在り方だとは言いきれません。

まして、企業としての利益貢献に繋がりえるのであればなおさらです。

しかしそれは、あくまで「指示を出す」「意志を伝達する側」からみた “管理の視点” であって、

「受けての側」の立場に立つと、その「担い手である社員達」“やる気や意欲” の維持や向上に「比例」するかというと、そうではないことののうが多いように思えます。


人の“やる気や意欲”と言うのは、「本人の気持ち」と、それを必要とする「担い手の気持ち」との間で、「納得性」が育まれて初めて最大化されてゆくもの。


つまり、


「個人の目標」
「会社の目標」との “一致” “導く” 部下指導。


そう考えてゆくと、“日々の関わり合い”の中で、“非公式における「信頼関係」の育み” 、業績の向上に繋がりえる大切な “仕事” であるように思えます。


そうした日々の“歩み寄り”によって、「命令権」を発動しなくっても業務が遂行できる状態にあれば、“モチベーション維持”に繋がり、お互いの意思疎通もとりやすくなり、更には「企業価値の向上」に繋がりえるように思えます。


※「壁さん」は、穴をあけられている“理由”が知らされていませんでした。
※「くぎさん」もまた、お尻を叩かれている“理由”が知らされていませんでした。


つまり、

その会社で働く一人ひとりの“心のエネルギー”が、企業を支える源になりえるとの視点をもつと、


※日々の歩みより、行動力を高め、「目的」の為の道筋を明確化させる。
※日々の納得性は、職場で働く人々の心のエネルギーを最大化させる。


そんな風に感じている私です。


そして、


「人の心はブレるもの。」


だからこそ、「進むべき道筋」 がぶれないように・・・、そんな願いを込めて

「個人の目標」と「組織目標」のすり合わせがとても大切。

そんな風に感じている私です。


 

PS. 

「人の“意欲”と言うのは、常に一定に保たれているものではないもの」

お客様の為に・・・、会社の為に・・・、恋人の為に・・・、上司の為に・・・、部下の為に・・・、
そんな 「誰かの為に・・・」 って言う単純な気持ちの中から育まれてゆくもの。

そして、

そんな 「誰かの為に」 の中にある、 「誰か」 を確認しつづける事が、マネジメントを行う上で忘れてはいけない大切な視点。



「誰に何を伝えたいのか?」


その気持ちを当人が持ち続ける事の中に社員の “継続できる源”があり、


「誰に何を伝えたいのか?」


その気持ちを持ち続けられるように、“企業目標との接点をすり合わせていく事”“管理者の視点”としてとても大切。


そんな風に感じている私です。


(週1回の面談でも少なすぎる? 日々修行。)


今日の気付きでした。




※今回は、状況が分からない中での“勝手Blog”になってしまいました。
私はあきらめません。自分の今の気持ちを200%伝え続けたいと思っています。
夢を叶え、働く人達、お客様全てが幸せでいられる施設を創る為に!!



そしてもし、“試練”を感じている人がいたなら、
・自分が後悔しない為の努力を惜しまず、
・伝えたいことを後回しにしないで、
気持ちを伝え続けてもらいたいと思います。









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# イソップ童話の経営学 ~ ランプのおはなし ~

イソップ童話からの学び 第9弾☆

今回は、

「 ランプのおはなし  をテーマに考えてみる事にしました。


なぜか、イソップ童話にはまっている私・・・、ですが、

毎回、どんな内容になるのか? 自分でも想像がつかないままに書き始める私です。

今回はどんな内容に発展して行くのだろうか?

しばしお付き合い頂けると嬉しく思います。


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ある日、たくさんの油を吸ったランプさんが言いました。


「私は太陽よりも明るいのよ」


煌煌と明るく燃えながら自慢げにそう言いました。

ところが、さっと風が吹いてくると、たちまちランプはパット消えてしまいました。

するとランプの持ち主は、ランプに火をつけながら言いました。


「さぁ、明るく照らしなさい、でも、今度は黙って照らして下さいね」

「太陽や月の光は決して、消えさる事はないのだから。」

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このお話しは、

「人からもてはやされたり、褒められてたりしても、うぬぼれで目がくらんではいけませんよ」

と言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


も、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、“心の持ち方一つで、楽しくもなり明るくもなる” と言う事。


「太陽さん」や、「お月さん」は、自分から「明るい」とは口に出して言いませんね。

いつも堂々と明るく、同じ光を照らし続けています。


でも、ランプさんはどうでしょう?


「私は太陽よりも明るいのよ」


そう自慢げに言いました。


なぜ、ランプさんは


・自分から“明るいのよ”と自慢げに伝えたのでしょう?
・太陽さんよりも明るい事を、自慢げに伝えたのでしょう?


その心を考えていくと、社会や日常生活において、毎日を明るく、楽しく、HAPPYに人間関係を育んでいく為のヒントが隠されているように思えます。


社会に出ると、様々な人達に出会いますね。

・同年代の人、自分よりも目上の人、自分よりも年下の人。
・初めて出会う同僚、初めて出会う後輩、初めて出会う先輩。

職場や地域、学校を通じて、様々に関わり合える人たちが増えていきます。

自分を取り巻く外社会の中で新たな人間関係や価値観に触れ、自らの心を育ませていきます。


しかし、それ故に、


・意見がぶつかり合う事もあるでしょう。
・価値観が対立しあう事もあるでしょう。
・意見を受け入れてもらえなくて、辛い思いを抱いてしまう時もあるでしょう。
・価値観が認められなくて、悔しい思いを抱いてしまう事もあるでしょう。


しかし、そうした場面に遭遇すると、 “葛藤をバネにしながら乗り越えられる人” と、 “物事を良くない方向で考えてしまう人達” がいますね。


ランプさんは言いました。

「私は太陽よりも明るいのよ!」


その心の背景には、

・太陽さんよりも、認められたい・・・、
・太陽さんよりも、能力のある事を自慢したい・・・、
・太陽さんよりも、劣っていない自分を知ってもらいたい・・・、

そうした心模様が伺えます。


「太陽さん」
のように、自分の頑張りを自慢ばかりしてしまう行為の背景には、「劣等感」の心を持ち合わせているように思えます。

「劣等感」と言うのは、自分自身の行動や能力、身体の部分などで、明らかに人と比べて劣っていると感じたり、恥ずかしいと思えるような場合などに、心が示す感情の事を示しています。


そしてそれは、誰しもが持ち合わせている心。


・人よりも ○○○ することが苦手・・・。
・人よりも ○○○ が劣っている・・・。
・人よりも ○○○ ができない・・・。  等々。


先にも掲げましたが、世の中にはそうした「劣等感」をバネにしながら “うまく乗り越えてゆける人達” と、 “劣等感に悩まされながら物事を良くない方向で考えてしまう人達” もいるように思えます。



今回はそうした、 “心の持ち方”によって「目的」がどのように変化してゆくのかについて、 

「Aのランプ」「Bのランプ」「Cのランプ」 と言う 3つのランプさん 場合を例にしながら考えてみたいと思います。


例えば・・・、

※Aのランプさんは ・・・ 「ある人から “賞賛” が欲しい為に光を照らしていたとします」
※Bのランプさんは ・・・ 「“自分の力(能力)” を鍛える為に光を照らしていたとします」
※Cのランプさんは ・・・ 「光を“分け与える為” に光を照らしていたとします」


それぞれの 「光を照らす目的」 を見てみると、一見同じように見えて、随分とその視点が異なる模様が伺えます。


「Aのランプさん」 の場合には、自己実現の為の目的がない事が分かります。

「人から認められたい、」「褒められたい」「受け入れられたい・・・、」と言う、自我の欲求が強くて、人からの賞賛の為の行為として光を照らしているように思えます。
常に人の目を意識したり、人の評価を “仕事のエネルギー” にしてしまう人の場合には、自分の価値に気付いていない、あるいは、自分の価値が認められていない事による行動の現れであるように思えます。

つまり、「劣等感」を強く感じてしまう人の “心のエネルギーの根源” となりえるのは「人に認められたい」「賞賛されたい」と言った、自己実現欲求がない中での “願望” であることが多いように思えます。

「Aのランプさん」の場合には、「光を照らす為の行動」が、実は、「自分自身を認めてもらいたいが為の目的」と化してしまっている言う事ですね。

また、「企業体質」に当てはめて考えてみると、こうした「劣等意識の高い職場」と言うのは、実は「お客様満足の為の行動」と言うよりもむしろ、「自分満足の行動」として現われてしまう傾向があるようにも思えます。
つまり、自分の能力は、自分を認めてもらいたいが為に特化されたものに限定されてしまうと言うこと。 それらは、マネジメントする側の能力にも関連があると言えますが、「企業目的」と「個人の目的」が乖離している状態とも言えますね。


一方、

「Bのランプさん」 の場合はと言うと、人からの賞賛が欲しいと言う事よりもむしろ、「自分の力(能力)を高める為の手段」として、光を照らしているように思えます。
周りがどのような環境で、何を期待されているのか? と言った周囲の利点などは考えなくて、自分自身の為の努力としての光を照らしていいると言うことですね。

また、こうした個々の自我意識は、その思いそのものが “お客様を引き付ける魅力” となりえる為、企業にとっても大きなエネルギーになりえるように思えます。

しかし、Bのランプさんのような場合には、「光を照らせる場所があればどこでもいい・・・」

つまり、手段としての意識が強くなる傾向がある為、他にその思いを実現できる場所があれば、その道を選択する場合もあるように思えます。

「個人の能力を評価できうる組織基盤」が整えられている場合には、企業価値の高めに繋がりますが、そうでない場合にはお客様をひきつれて、光を照らせる場所を求めてしまう場合もあると言うことなのでしょう。


そして、

「Cのランプさん」 のような場合には、あくまでも光を照らすことが「目的」ではないことが分かります。
自己実現意識が強くて、自分の生き方や考え方をしっかりと持ち合わせ、それらを土台にしながら、「自分の培ってきた能力や関係を用いて人の役に立ちたい・・・、創造的な活動を行い社会的な奉仕活動がしたい・・・」そんな心目的意識や使命感があるように思えます。

そしてそれは、「企業目的」「個人の目的」とのすり合わせと共有化がなされている状態であると言え、帰属意識は増し、ますますの企業価値の貢献に繋がりえるように思えます。



上記のように考えていくと、

葛藤をバネにしながら乗り越えてゆく人達と、そうでない人達の違い は、


「目的の添え方」


つまりは“心の持ち方”によって “心のエネルギーの使われ方” が異なってしまうように思えます。

中には、


・人と比べて、「○○○が劣っているから、諦めてしまう。」
・人と比べて、「○○○が劣っているから、前に進まないでおこう。」
・人と比べて、「○○○が劣っているから、恥ずかしい。」 


そう感じてしまう事もあるでしょう。


でも「劣等感」というのは、人から何気に指摘された言葉を、自らの弱点だと思いこんでしまう事がほとんど。(自分で勝手に意識の中に取り込んでしまうと言う事)

それが例え“事実”であったとしても、その“事実”の受け止め方次第によってはプラスにもなるし、マイナスにもなっていく・・・。


・自分の劣等感を、覆い隠そうとしてして生きてゆくのか?
・自分の劣等感を受け止め、補いながら育んでゆくのか?


それを決めるものまた、自分の心次第。

自分が楽しく、幸せで振る舞えている時と言うのは、ある種その「劣等感」を補えている状態であるように思えます。

自分自身の心を素直に表現出来たり、自分がこれでいいんだと思えている状態と言うのは、心豊かに振る舞えている状態であるように思えます。


いつも “不安” を抱えたままでいる人は、その “不安” を抱えたままの状態でいることが心の持ち方になっていて、解決しようとしないから不安な状態が続いてしまう・・・。


それと同じ。


自分の弱みや、弱点を隠し通すことで幸せになれるのかと言うとそうではありませんね。

自分の弱みを隠そうとすればするほど、自分の弱さを隠すがための行為として、心の防衛機能が働いて、出来でいないことを出来ているように装ってみたり、足りないところを覆い隠そうとしてごまかしてみたりする行為へと発展しまうこともあるように思えます。


また、企業などの場合では、小さな小さなウソから、大きな不正へと発展させてしまう場合もよくあるケースだと言えます。


※今の“事実”から目を背けずに、向き合えたなら、おのずと進むべき道が開かれてゆくしょう。

※今の“現実”と向き合い、信じる気持を持って一つ一つの不安を取り除けたなら、不安は安心へと変化し、おのずとHappyな気持ちへと導いてくれることでしょう。

そうすれば、「Cのランプさん」のように、自分の価値観を育み、自己実現の為の「行動」に深く影響をもたらしてゆくように思いえます。




PS:今回は、イソップ童話の経営学・・・と言うよりも、イソップ童話の心理学的になってしまいました。



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# イソップ童話の経営学 ~ 北風と太陽 ~
イソップ童話からの学び 第8弾☆

今回は、皆様もご存じの

「 北風と太陽のおはなし  をテーマに考えてみる事にしました。


またまた、イソップ童話を思い出しながら・・・、


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ある日、北風さんと、太陽さんが言い争いをしました。

北風さんは言いました。

「私は風を吹かせて旅人の服を脱がせることができるんだ」

太陽
さんは言いました。

「私の方こそ、光を照らし、服を脱がせる事ができるんだ」

そして、北風と太陽は、勝負することになりました。

まず、北風さんが力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとしました。

でも、旅人は飛ばされないように上着をしっかり押さえてしまいました。

次に、太陽さんが煌々と光を照りつけました。

すると、旅人は自分から上着を脱いでしまったのです。

これで勝負は、太陽さんの勝ちとなりましたとさ。

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このお話しは、


「何事にも適切な手段があるんだよ」

と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”

でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 “能力を一方向から判断してはいけない” と言う事。


確かに上記の童話からの学びは、人の出来る事・得意とすることは各々に異なり、それぞれ得ての良い所(長所)があれば、短所だって誰にでもあると言う事。

それらの教訓を企業言語に当てはめてみると、 “適材適所” と言う言葉が当てはまるように思えます。
“適材適所”
と言う言葉には、読んで字のごとく、 “その人の適性や能力に応じて、それにふさわしい地位・仕事に就かせること” 、という意味が込められています。

もちろんそれらは、個人の能力を最大限に生かし、企業効率を最大限に高める為でもあります。


北風さんは、服を脱がそうと力いっぱい持てる力を出し切りました。

でも、上着を脱がすことはできませんでした。

でも、帽子だったらどうでしょう?

たぶん、太陽さんに勝るとも劣らぬ勢いで、吹き飛ばす事が出来たのではないかと思います。

実はこの童話、北風さんと太陽さんとの勝負には続きがあって、この後、帽子を脱がす勝負も行っているんですね。

そして、その勝負はと言うと北風さんの圧勝。


つまり、この童話からの学びは、

各々の能力は見方を変えれば、強みにもなり、弱みにもなりえる” と言う事。

しかし、企業によっては、社員の能力を一方向から評価する企業も少なくありません。

中には、利潤のみを限りなく追及し、「企業に雇用責任ない!」との指針をもって結果や成果を伴わない社員を左遷・リストラする企業も多く存在します。

もちろん、「企業の存続」 を前提にしながら雇用を判断するのは誤った考え方でなく、むしろ必要不可欠であるように思えます。

しかし、企業の社会的責任の一つである 「雇用の創出」 と言う観点からそれらを添えて考えて見ると、 “個人と企業との共生の価値観” に基づく考え方もとても大切になるのではないかと思えます。

「働く人々と企業の関係性」を考えれば、間違いなく企業には 「雇用責任」 と言うものが発生し、それはまた、これからのコミュニティ企業の在り方として必要不可欠な時代に来ているようにもと思えます。

そして、

「個人の能力」は、「個人の自助努力」によって導かれることも多くあるでしょう。

しかし、その大多数は、個人と仕事をうまく結び付ける為の 「考え方」「方法論」

つまりは、それを支援する側の企業基盤と、その担い手となるマネジメントの要素がとても大切であるように思えます。


・個人の強みを、更に生かす為のマネジメント。
・個人の弱みを認め、強みを引き出すマネジメント。
・個人の弱みを、強みに変えるマネジメント。


その在り方はさまざま。


しかしその根源にはやはり、 “人と仕事の葛藤との対峙”

つまりは、個人と企業との関係の中で、「納得」と「共鳴」を得ながらに育まれてゆく “意欲” そのものが、企業の潤滑油となり、企業価値を高めるエネルギーになりえるように思えます。

そしてなによりも、

※強みは、弱みを知ることなしに存在せず、弱みもまた、強みがあるから存在する。


その事の気付きを、より多くの “人と仕事の対峙” によって乗り越えられる事で、個々人の能力の高めとなり、その高めが「企業価値の向上」として繋がりえるものではないかと思えます。

もし、マネジメントの担い手が、そこで働く個人の能力が企業にそぐわないもの、として判断したとするならばそれは、判断者自信にとっても、適材の見定め、適所の見定め、マネジメント能力の至らなさであることも、真意に受け止める事も大切な事だと思えます。


今日の気付きでした。





 

| comments(0) | trackbacks(0) | 00:20 | category: イソップ童話の心理学 |
# イソップ童話の経営学 ~オオカミ少年~

※何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。 Your happiness is my pleasure☆


今回は、イソップ童話からの学び 第7弾☆

「 オオカミ少年のおはなし  をテーマに考えてみる事にしました。


またまた、イソップ童話を思い出しながら・・・、


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ある日、 「羊飼いの少年」 が、退屈しのぎに 「オオカミが来たぞ〜」 と嘘をついて騒ぎを起こしました。

大勢の村人たちは騙されて棒をもってやってきましたが、徒労に終わりました。

そして次の日も少年は 「オオカミがやってきたぞ〜」 と叫びました。

村人たちは棒をもってやってきましたが、また徒労に終わりました。

すると少年はまた、 「オオカミがやってきたぞ〜」 と今度は大声で叫びました。

村人たちは、少年がまた嘘をついているのだろうと思い、聞いて聞かぬふりをしていました。

すると、本当にオオカミがやってきたのです。

本当にオオカミがやってきた時には信用せず、誰も救助に行きませんでした。

その為、羊は全てオオカミに食べられてしまったのです

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このお話しは、

「嘘をついたらいけないよ」 「自慢話が過ぎると真実をいっても信じてもらえなくなるよ」

と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”

でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 “行動には行動に至る理由がある” と言う事。


それにしても、この羊飼いの少年、

・なぜ、嘘をついたのでしょう?
・なぜ、何度も何度も嘘をついてしまったのでしょう。

上記のように、ウソばかりついていると本当の事を伝えても信じてもらえなくなることは教訓の通りだと思います。

でも、この少年。

もしも・・・、

・寂しくて寂しくて仕方なかったのだとしたらどうでしょう。
・退屈で退屈で仕方なかったのだとしたらどうでしょう。
・楽しみたくて、かまってもらいたくて仕方なかったのだとしたらどうでしょう。

イソップ童話の中で示されているのは、まぎれもなく “一人” で羊の世話をまかされていたのがこの少年。

だとしたら、

・寂しくなるのも分かる気がします。
・退屈になる気も分かる気がします。

いやいや、この少年は、 “羊の世話” をすることに “生きがい”“喜び” を感じているんだから、寂しく感じたり、退屈になるのとはちょっと違うんじゃないのかな・・・、そう思う方も多いのではないかと思います。

でも、思います。

この少年は羊の世話をすることを、もちろん楽しいと感じているでしょうし、自分の課せられた役割である事も感じているでしょう。

でも、

・頑張れていることを評価してもらえていなかったとしたならどうでしょう。
・頑張れていることを誰にも、見てもらえてなかったとしたならどうでしょう。

人の心と言うのは、他者がいて初めて自分自身の心を育めるもの。 そして・・・、
他者から受け入れらていると言う安心感を感じられる事で、自尊の心を育ませてゆくもの。

そう思います。

それらは会社や家庭環境においても同じ様に思えます。
会社での上司と部下の関係のような場合においては、よく安心して仕事を任せられるような人ほど、出来ることが当たり前に思えて、目をかけられないでいたり、褒めてあげる事そのものが疎かになってしまう事ってよくある話。
でも、どんな人でも、どんな立場にあっても、自尊の心を感じられるのは、他者がいる環境、居場所を感じられる環境の中で育まれていくもの。

童話の中で掲げられている教訓のように、ウソをつく行為事態が、良いことなのか悪い事なのか? について考えてみると、ウソをつかれた側の立場の人が、快い感情を抱いていな方としたなら、それは、良くない事のように思えます(ウソをつく当人が悪いことだと思っていなくても・・・。)


でも、 「ウソをついてしまう事 = 悪いこと」

だと、決めつけてしまう事については、余りにも一方向的な考え方のようにも思えます。

なぜなら、

「行動には行動に至る理由がある。」
「ウソをつく行為の裏側には、必ずウソつく“理由”がある。」

そう思えるから。

村人達のように、ウソをつかれる受け手の側の人達が、もし快い感情を抱いていないなら、それは心良いことではないように思えます。

しかし、それが、自分自身の心を育てる為のウソだとしたらどうでしょう。

・人からカッコ良くみられたい・・・。
・人から優しい人だと思われたい・・・。
・人から強い人だと思われたい・・・。
・人から頭がよい人だと思われたい・・・。
・人から仕事ができる人だと思われたい・・・。

そうして、 ちょっと背伸びをしてみること って、ありますよね。


実は、そうした行為も言い変えるなら、ウソの行為に当てはまるように思えます。

人に認められたい、受け入れらたいと思う行為の表れとして形を変えながら自分の心を育てていこうとする為のウソ・・・。

そう思うと、オオカミ少年もまた、人からの受容されたい、認められたい、と想う心の現れであるように思います。



そして、もう一つ、このオオカミ少年のお話から大切な事が気付かされます。

それは、

 “未然の損失や損害防止の為にできる事があったのではないか?”

と言うこと。

この村には、オオカミがやってくることは、既に分かっていた事のように思えます。
例え、分かっていなかったとしても、 オオカミが来る事によって、どうなるのか? との予測は、このオオカミ少年によって気付かされていたように思います。

そう思うと、少年がついたウソも、事前に “大きな損失” を事前に防ぐことのできた行為として評価できる事のように思えます。

オオカミがやって来る事に対して “村を守る為の方法” を事前に考える時間が“存在した” 、と言うことになりますからね。

最近になってようやく日本の企業において、 「事前の損失防止」「事前の損害防止」 の為の体制化が率先して図られるようになって来たように思います。
 「事前に損失を防止する」とは、米国用語でロスプリベンションとも呼ばれているのですが、つまりは、大きな事故や怪我や、損失を未然に防ぐが為の管理体制を強めると言う事で、そのこと自体を部署として設けるところも出始めています。

その場合、大切になる事は、 “未然に・・・” と言う部分。

何が?どういう損失をもたらすであろう?

との判断を担う管理者の視点・能力も必要とされますが、なにより、事態が起こる前にすべき対策を講じておこうということですね。

このイソップ童話の中では、この  “羊飼いの少年”  は、オオカミたちによって食べられてしまいました。

もちろん、羊達も全て食べられてしまいました。


※この少年の、ウソという形で発せられた “心のメッセージ” にもっともっと目を向けられたなら、少年の命・羊たちの命を失うことはなかったでしょう。

※村全体が、羊やそこで働く人達が安心して過ごせる環境整備が整えられていたとしたならばきっと、もっと幸せで楽しく暮らせる未来が訪れていたでしょう。


この「オオカミ少年」の物語が、童話としての話で終わらしてしまうのではなく、今自分自身のおかれている立場や企業で働く一員として、また社会の一員としての視点からみると、まだまだ出来ること、果たすべきことの多くに気付かされます。




PS:イソップ童話をいつも楽しみに読んで下さり、ありがとうございます。何か一つでも心に響く事があったなら、とても嬉しく思います。


今日の気付きでした。(次回は、エリクソンの成人期。)







| comments(0) | trackbacks(0) | 00:43 | category: イソップ童話の心理学 |
# イソップ童話の経営学 ~アリとキリギリス~

※何か一つでもあなたの心に響くことがあったなら、その響きを大切な人に分けて頂けるととても嬉しく思います。
  Your happiness is my pleasure☆


今回は、イソップ童話からの学び 第6弾☆

「 アリと、キリギリスのおはなし  をテーマに考えてみる事にしました。


イソップ童話を思い出しながら・・・、

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暑い暑い夏の日のこと。

アリさん達は 寒い冬にそなえて一生懸命働いていました。

みんなで力をあわせて食べものを運び続けていました。

そんなある日、一匹のキリギリスが、それはそれは楽しそうに歌を歌っていました。

「アリさんアリさん。 なんで君達は、こんなに暑い夏の日にそんなに汗水をたらして働いているんだい?」

キリギリスは、アリさん達に言いまいた。

「何を言うんだ、キリギリスくん。今の内に働いておかないとすぐに寒い冬がやってくるんだよ。 君も歌を歌うのはほどほどにして、少しは食べものでも運んでおいた方がいいよ」

アリさん達は言いました。

そしたら、キリギリスは言いました。

「ばかだなぁ。せっかくの夏なんだよ。 好きな事をして楽しまないとつまらないじゃないか。」

そう言うと キリギリスは、また歌い始めたのです。
 
やがて夏は去り、寒い冬がやって来ました。

キリギリスさん達は、食べ物を探しますが見つからず・・・、

アリさん達に頼んで、食べ物を分けてもらおうとしました。

でも、アリさん達に言われました。

「あなたは夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうですか?」

そう言って、断られてしまったのです・・・。

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このお話しは、

「将来の事を考えないで今を楽しく生きてばかりいると、先行き困ってしまう事があるんだよ」

と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 “今を楽しむ事の先に、未来に通じる道がある” と言う事。

そして、 “お互いの足りない所を補い合える関係” から育まれてゆくものがあると言う事。


もちろん、先の事、将来の事を考えて行動する事はとても大切な事です。

※一人の人間として・・・、
※社会の一員として・・・、
※家族の一員として・・・、

それぞれの置かれている環境や立場によって、自分のやるべきこと、守るべきものが様々にあるように、果たすべき役割もそれぞれです。ですので、立場や環境に応じて、将来の事にしっかりと目を向けて、今何をすべきかについて考え、行動することはとても大切な事だと思えます。

しかし、

●先行きばかりを見通して、今を楽しく生きられていないとしたならどうでしょうか?
●将来の事ばかりに目を向けすぎて、今を楽しく生きられなていないとしたならどうでしょうか?


アリさん達は、冬を過ごす為にしっかりと働いて食料を蓄え続けました。

そして、冬を安心して乗り越える事ができるようになりました。

つまり、

夏の間に頑張れたことが、冬の “楽しみ” に繋がり得ていると言う事。



一方、キリギリスさんはと言うと、 “今を楽しむ事” を選びました。

「冬をどう過ごせるか?」 と言うことよりも、今を楽しむことを大切にしながら、歌い、踊り続けました。


※「楽しむ」と言う事は、今を目一杯、生きると言う事。
※「楽しむ」と言う事は、この瞬間の喜びや感動を素直に心で表現できると言う事。


そうして経た “楽しさ ”はまた、新しい喜びや感動”を育み、“新しい価値”を生み出してゆく。

表現は違えど、今を楽しむと言う事は、今を一生懸命に生きていると言う事に繋がりえるように思えます。


※世の中には、楽しみたくても、“楽しむ事” が出来ない人達もいるでしょう。
※世の中には、楽しみたくても、“楽しむ方法が分からない” 人達だっているでしょう。
※世の中には、楽しい事を、“楽しいと素直に伝えられない” 人たちだっているでしょう。


人の心は、楽しいこと、嬉しい事、喜ばしい出来事を、自らの心をもって実感として得ることで、更に喜びを生み出すエネルギーとなります。

そして、そのエネルギーが、人々の心の支えになったり、生きてく原動力になり得たりしながら感化されていく・・・。

つまり、企業で例えるなら、


「働くことに楽しさを感じ、働くことに喜びを感じ、働くことに生きがいを感じられる事が、企業を支えるエネルギーになりえると言う事。」


そう考えていくと、アリとキリギリスとの関係もまた、違った趣に見えてくるように思えます。


※アリさん達は、もしかすると “楽しみ方” が分からないのかも知れません。
※キリギリスさんは、もしかすると “冬の過ごし方” が分からないのかも知れません。

あるいは、

※アリさん達は、ひょっとすると、“夏の食料を蓄える事そのものを楽しんでいる” のかもしれません。
※キリギリスさんはひょっとすると、“今を楽しむことで、冬の過ごし方を見い出そうとしている” のかも知れません。


そんな、 「 アリ 」 と 「 キリギリス 」


お互いがそれぞれに歩み寄り、共存できる方法を話し合えたなら、

もっともっとお互いにとって毎日が “楽しい” と実感できる時間を過ごす事ができたのではないかと感じます。


そして思います。


“将来”を楽しむ為に、今を我慢しながら生きていたとしたなら・・・、
“将来”が来た時も同じ様に、将来の為に我慢する道を選ぶのではないだろうかと・・・、

反対に、

“将来”の為に、今を目一杯楽しむことができている人は、
“将来”が来た時も、また先の未来に向かって、楽しい道を選べるのではないだろうかと・・・、


生き方や考え方は様々・・・、


ふと、そんな事を感じながら、綴り始めた今日の気付きでした。




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# イソップ童話の経営学 キツネとブドウ
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今回は、イソップ童話からの学び 第5弾☆

「 キツネと、ブドウのおはなし  をテーマに考えてみる事にしました。


(最近なぜかイソップ童話にはまってしまっている私)


イソップ童話を思い出しながら・・・、


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「お腹が空いたよう」と、キツネさんが森の中を歩いていました。


すると、おいしそうな “ブドウ” が、ブドウ棚からたくさんぶら下がっていました。


キツネは、何とかして取ってやろうと思いました。


でもブドウ棚は高くて、どうしても手が届きません。


するとキツネは、


「ふん。あのブドウは、まだ酸っぱいのさ」


と、一人言を言って、どこかへ行ってしまいました。

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このお話しは、


「人間にも、自分の力の足りなさをごまかす人がいるんだよ」


と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。



でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、
 “自分の心に向き合えていない” と言う事。


私達は、生きてゆく中で、辛いと感じたり、苦しいと感じる事が往々としてあるものです。

社会の中に入ると、当然、失敗することだってあるでしょうし、


「今の自分の能力ではまだまだ至らない・・・、」
「今の自分の能力では期待にこたえられない・・・、」


そう感じる事もあるでしょう。


今の 「現実」 を素直に受け止め、それを自らの糧としてエネルギーに変えられる人は幸せな人だと思えますが、世の中にはそうでない人達も随分多い事に気付かされます。

例えば、

※「失敗してしまったりすると、もっともらしい理由をつけて自分を正当化しようしてしまうような場合・・・」

※「手に届かない出来事に直面した場合に、出来ない理由を並べてごまかしてしまうような場合・・・」


よく目にする光景ですね。


キツネさんは、ブドウ棚にぶら下がっているブドウをとることはできませんでした。
そして、 “酸っぱいから” と言う事を理由にしてブドウを取る事を諦めてしまいました。


実はそれって、見方を変えれば、


「出来ない自分、能力が至らない自分を認めたくない為の行動」


つまり、

「自分の心に向き合えていないという事」


もっともらしい理由をつけて、自分の心を正当化する事はとても簡単な事。
そうすることで、失敗した出来事や、嫌な問題からは簡単に逃れる事ができるでしょう。


でも、思います。


それでは、前には進めない。
それでは、次には進めない。


前に進めないと言うことは、成長がそこで止まってしまうという事。
次に進めないということは、また同じ事を繰り返してしまうという事。


この童話の中に描かれているように、ブドウ棚にぶらさがっている “ブドウ” が、


「酸っぱいのか?」  それとも   「甘いのか?」


と言うことは、実際に食べてみないことには分からないことです。


分からない事、手に届かない事を、どうして “酸っぱいもの” だと言いきれるのでしょう?


キツネさんは、ブドウをとる為の行動を諦めてしまいました。
もしまた、手の届かない出来事に遭遇してしまったなら、同じように諦めてしまう事でしょう。



世の中には、自分の認めたくないことや、失敗した出来事を、人のせい、会社のせい、誰かのせいにすることが往々にしてあるものです。


しかし、


人の批判からは何も生まれない。
現実から目をそらしてばかりいては新しい景色に出会えない。


今の「現実」を素直に受け止められる心がないと、なすべき課題も見えてこないし、今必要とされていることにすら気付かなくなってしまう・・・。


ますます、個人のパラダイムが固定化されてしまうという事。



※「失敗」を、人のせい、会社のせい、誰かのせいにして生きる人生と、
  「失敗」が成功の為にある、そう思い生きる人生。


※「手に届かない事」を、人のせい、会社のせい、誰かのせいにして生きる人生と、
  「手に届かない事」に向かって、何が自分に足りていないのかを考え補い続ける人生。


※「自分になくくて相手がもっているもの」を認めず、僻みつづける人生と

  「自分にないもの」を認め、受け入れ、自分の個性を磨き続ける人生




どちらが実り多き、楽しい人生になりえるのかは心の持ち方次第。



◎「出来ない」と言うことは、できる可能性があるという事。
◎「能力がない」ということは、能力を高める可能性があるという事。


今の「現実」を素直に受け入れ、行動を起こす事の先に、新しい自分に出会うことのできる道がある。

キツネとブドウのイソップ童話のお話の中では、そんな事を気付かせえくれているように思えます。



今日の気付きでした。






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# イソップ童話の経営学 木こりとヘルメス (金の斧と銀の斧)

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今回は、イソップ童話からの学び 第4弾☆

「 木こりとヘルメス ~金の斧と、銀の斧~  をテーマに考えてみる事にしました。


イソップ童話を思い出しながら・・・、

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木こりさんが仕事中にうっかり手を滑らせて、大切にしている “斧” を川に落としてしまいました。

「斧がないと仕事ができない!!」

そう嘆いていたら、木こりさんの前にヘルメスがやってきました。

ヘルメスは川に入り、まず “金の斧” を拾って言いました。


「これはあなたのものですか?」


すると木こりさんは 「違う」 と答えました。


するとヘルメスは “銀の斧” を拾って言いました。


「これはあなたのものですか?」

木こりさんはそれも 「違う」 と答えました。


すると今度は、 “鉄の斧” を拾って言いました。


「これはあなたのものですか?」

すると木こりさんは、それが自分のものだと言いました。


ヘルメスは、正直者の木こりさんに 「 金・銀・鉄 」 の3種類の斧を与えました。


そして、その話を聞いた仲間の木こりは、真似をしてわざと “斧” を川に落としたのです。

すると、ヘルメスが現れ、川に入り、 金の斧 を拾っていいました。


「これはあなたのものですか?」

それは私のものですと言いました。


欲張りな木こりは、それが自分のものだと嘘をついてしまい、ヘルメスは、その木こりの “鉄の斧” すら与えませんでした。

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このお話しは、


「正直者には福が来る」 「欲張りはかえって損をするよ」


と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 
“ぶれない心をしっかりと持つ” と言う事。


◆個人に例えるなら・・・、

「自分の生き方や考え方、伝えたい心をしっかり持つ」 と言うこと。

◆会社に例えるなら・・・、

「企業の理念や行動指針をしっかり共有する」 と言うこと。


・木こりさんは、“鉄の斧”よりももっと高価な“金の斧”を手渡されても、それは「違う」と言いました。
・木こりさんは、“鉄の斧”よりももっと価値のある“銀の斧”を手渡されても、それは「違う」と言いました。


世の中を見渡すと、お客様離れによって資金繰りが悪化してしまうような企業や、不祥事によって倒産を余儀なくされる企業。また、内部告発によって経営破たんを余儀なくされる会社等々・・・、連日のごとくTVや新聞などで目にします。

・「目先の利益」を優先してしまうがあまりに、本来果たすべき企業理念からは遠ざかってしまう・・・。
・「目先の得」を優先してしまうがあまりに、企業理念は単なるスローガンと化してしまう・・・。


そうして進むべく道から遠ざかってく。


※企業で在る以上、利益を追求することは当たり前の事。
※企業である以上、成長し続けること、質を高める努力は必要不可欠な事。



しかし、時に“その視点”を見失ってしまっては、“守るべき大切なもの”までもが守れなくなってしまう。

そう感じる事があります。


※会社は、誰の為に在るのでしょうか?
※企業は、何の為に在るのでしょうか?


会社の為? 株主の為? 社会の為?


もちろんそれもあるでしょう。


でも、そこで働く “社員が幸せになる為” にある。


そう強く感じます。


「幸せになる」
とは・・・、


※社員にとっては、夢や希望が持てる事。
※会社にとっては、経営が安定し、地域に貢献に繋がりえる事。


社員は売り上げを作る為の道具なのかと言うと、決してそうではありません。


一人ひとりの“思いや願い”が、会社を形造るもの。


そう思います。


商品の作り手であり、伝え手である、社員が元気で生き生きと輝いてなきゃ、お客様に対しても良いサービスなんて提供できないですものね。

そしてそれは、「個人」にとっても同じ事ではないかと思います。

・お客様に嘘をついてみたり、偽ってみたり・・・。
・自分に嘘をついてみたり、偽ってみたり・・・。
・価値をごまかしてみたり・・・。


「嘘や偽り」からは、お客様との良い信頼関係は育めない。
「見えや欲張り」からは、素直な気持ちは伝わらない。


一人ひとりの“思いや願い”が、個人の“心”を形造るもの。



たくさんの情報が飛び交う今の世の中。

それに惑わされずに、自分自身の“ぶれない心をしっかりと持つ”

その大切さを、この童話の中には込められているように思えます。


「伝えたい思い・・・」「届けたい願い・・・」

その心をしっかりと伝え続ける事の中に、未来を形造る大切なヒントが隠されているように思えます。


今日の気付きでした。






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# イソップ童話の経営学 ~ねずみの相談~

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今回は、イソップ童話からの学び 第3弾☆

「ねずみのそうだん をテーマに考えてみる事にしました。

イソップ童話を思い出しながら・・・、

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「この頃、毎晩のように、仲間が“ねこ”に食べられてしまう・・・。」

「どうすればいいのかなぁ?」


ある夜、“ねずみ”さん達が相談を始めました。

ある“ねずみ”が言いました。


「いい考えがあるぞ。“ねこ”の首に、鈴を付つければいいんだ!!」

「なるほど そうすれば、チリンチリンと鈴がなって、“ねこ”来た事がすぐに分かるもの。」

「それは、いい考えだ。」


“ねずみ”さん達は大喜びで賛成しました。


“鈴”もちゃんと用意をしました。

あとはこの“鈴”さえ、“ねこ”首につければ、もう心配はありません。


ところが困りました。


いったい誰が、あの恐ろしい“ねこ”の首に鈴を付けるのでしょう。


「あぁ、こわい。ぼくはごめんだ。」

「わたしもいやよ。」

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このお話しは、


「いくらいい考えでも、“行動”に移さないと何にもならないよ。」


と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 
“疑問を持つ” と言う事。


“ねずみ”さんは、ねこに食べられてしまう事で、自らの身を守る為に “どうしたらよいか?” の相談を始めました。

「命を守らなきゃいけない」と言うとてつもなく大きな大きな直面に遭遇してしまった為に、みんなで身を守る為の方法についてアイデアを出し合う事になりました。


私達のような営利を必要とする各事業体においては、今ある“商品の質”を高める努力を限りなく追及していく事が大切。

今、提供している商品やプログラムが「100%完成されたもの」との前提に立つと、会社にとっても個人にとっても衰退の道しか残らない・・・。


それはなぜって?


それは、おいしい物は飽きるものだから。

お客様はおいしい物を出さないと買ってはくれない。
でも、おいしい物には裏返しの意味があって、それは飽きてしまうもの。
おいしければおいしいほどそれと同じくらい飽きてしまうもの。
商売と言うのは、お客様があきる商品を毎日作り続けなければならない・・・。



同じことを、同じ意識で繰り返していても、“慣れ””惰性”が生まれます。

エンジンにいつも新鮮な潤滑油を注ぎこまないと、どんどん痛んでいく・・・。
そして、周りの環境・今ある商品を自ら変えていく事が実は、質の向上に繋がり、お客様に満足から信頼を頂く事に繋がりえるものではないかと思えます。


「商品の発展」は、今ある商品に対する“気付き”“疑問”から生まれます。


※今、足りているものは何か?  それはなぜか?
※今、足りないものは何か?  それはなぜか?
※これから必要とされる物は何か?  それはなぜか?
※お客様の求めているものは何か?  それはなぜか?


そうした、


※小さな小さな“疑問”を解決していく事が、実は、大きな大きな「価値」を産む。
※小さな小さな“疑問”を解決していく事が、お客様との信頼に繋がる糧となる。


この童話の結末はどうなかったかというと・・・、


「あぁ、こわい。ぼくはごめんだ。」

「わたしもいやよ。」


と、結局“ネコ”に鈴をつけることができませんでした。


でも思います。


この“ねずみ”さん達はきっと、

ねこに “鈴” をつける方法を相談し合うでしょう。

きっと、自分自身の身を守る為のアイデアを出し、生き残る道を探し出すでしょう。


なぜならそれは、

 “疑問を持つ”と言う事の大切さを学んだのだから・・・。


「経営は実行なり」


先輩より受け継いだ私の大好きな言葉。


普段、代わり映えのしない景色

でも、それはただ、“その変化に気付いていないだけ”かもしれません。


時は刻々と変化しています。


見る角度をほんの少し変えてみるだけで、随分景色が変わってみえてくる。




景色が変わるのを待つよりも、景色を変えられる人になりたい。

言葉で仮設化できても、いざ実行するとなるとまだまだ未熟な私です。


今日の気付きでした。






 

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# イソップ童話の経営学 ~金の卵を産むニワトリ~
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今回は、イソップ童話からの学び 第2弾☆

金の卵を産むニワトリ」 をテーマに考えてみる事にしました。

イソップ童話を思い出しながら・・・、

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あるところに、一羽のニワトリを飼っている貧しい男がいました。

ある日の事、このニワトリが金のタマゴを一つ産みました。
男はビックリして叫びました。

「これはすごい! 高く売れるぞ!」

ニワトリは次の日も、金のタマゴを産みました。

また次の日も、また次の日も、毎日一つずつの金のタマゴを産みました。

おかげで貧しかった男は新しい家に住み、おいしい物を食べ、きれいな服を着る事が出来ました。

「おれもずいぶんお金持ちになった。でも、おれよりも大きい家に住み、おれよりも高い服を着ている奴は大勢いる。ニワトリがもっとたくさんのタマゴを産んでくれればいいのだが・・・。」

そう考えた男は、 ・・・ そうだ。

「あのニワトリの腹の中には、金の固まりがあるに違いない」
「それを取り出せば、おれはもっと金持ちになれるぞ!!」 


男はそう思って、すぐにニワトリのお腹を切り開きました。

でも、金の固まりなど出てくるはずはありません。

ニワトリは死んでしまい。男はすぐにお金がなくなって、また貧乏になってしまったとさ。

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このお話しは、

・欲張るのはほどほどにしなきゃ、今、自分が持っている物も失ってしまうんだよ。

と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。


それは、 
“目先の利益”に走ると、お客様との関係も失ってしまうという事。


『金の卵を産むニワトリの物語』 を、“会社の利益”“従業員”に当てはめて考え見ると・・・、

「卵」が ・・・ “利益”。
「ガチョウ」は ・・・ “従業員”と“お客様” 。

そして、

「経営者」は ・・・ “ガチョウの“飼育係”。
「株主」は ・・・ ガチョウ小屋の“オーナー”です。


そこで、皆さんに質問です!!


◎“卵”と“ガチョウ” どちらが大切ですか?



多くの人が、“ガチョウ”と応えるのではないかと思います。

しかし、会議などでは、「ガチョウ」の健康状態などは、お構いなしに、「卵」の事しか話題にならない事が多くなってしまうことがあります。

この寓話の結末はどうなかったかというと・・・、

「鶏の腹を開ければ金の固まりがあるに違いない!!」と言って、卵欲しさにお腹を開けてガチョウを殺してしまいました。 そして、両方失ってしまいました。


「金の卵を産むニワトリ」からの気付き ・・・、


“目先の利益”に走ると、せっかくのお客様との関係も台無しになってしまう。


つまり、

・大切にするべき事、伝承しなければならない事を、“受け継ぐべき判断軸”に添え、目の前の事に目を添える事が大切。

特に、業績が低迷している時ほど、この視点を見失いがちになる。

そして・・・、

立場が変わると、お客様との距離が遠くなる ・・・ それではいけない。

立場が変わるからこそ、お客様との関係の深さを大切にすることの中に、“企業としての価値”“人として果たすべく役割”がある。


今日の気付きでした。






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# イソップ童話の経営学 ~カメが、ウサギとの勝負に勝てた理由☆~

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今回は、イソップ童話からの学び第1弾!!

「カメがウサギに勝てた本当の理由」

をテーマに考えてみることにしました。

ウサギとカメの童話を知らない人はいないと思います。

・なぜ、足のとっても遅いカメさんは、ウサギさんに勝つことができたのでしょう。
・なぜ、足のとっても速いウサギさんは、カメさんにまけてしまったのでしょう。

イソップ童話を思い出しながら・・・、

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ある日、ウサギさんと、カメさんが、どちらの足が速いかで言い争いをしました。

ウサギさんは、カメさんに言いました。

「カメさんは、よくそんなのろのろと歩いていられるなあ! その調子じゃ、あの丘に着くのは明日になってしまうね。」

そう言われてはカメさんも黙ってはいられません。

「それじゃあの丘まで競争しようじゃないか!!」

そうカメさんは言いました。

「いいですよ。それでは誰かに審判をしてもらいます。」
「キツネが利口だからキツネさんに頼むことにしよう!!」


そう、ウサギさんは言いました。 そしていよいよウサギさんとカメさんのレースが始まります。

「よーい、ドン!! 生まれつき足の速いウサギさんはは、カメさんをどんどん引き離し、あっという間にカメさんが見えなくなりました。」 そして、

「これじゃカメさんは当分やって来ないな、ひと休みしよう!」 

ウサギさんは道の外れで一休みする事にしました。

どのくらいの時間が過ぎたでしょうか。ウサギさんは目を覚ましました。

「やれやれよく寝た! カメさんはどの辺りを走っているのかなあ?」

ウサギは、大きく伸びをすると、そのままゴールに向かい、

「よし、もうすぐゴールだ・・・」

「あれ・・・!?」

丘の方を見ると、なんとカメさんがゴールしているではありませんか!!

ウサギさんは慌てて走りましたが、もう後の祭りだったとさ。

-----------------------------------------------------------------------------

このウサギとカメの童話は、とても有名なお話です。

「優れた人でも、怠けていれば、せっせと努力する人に負けてしまう・・・、」

そんなことを気付かせてくれる童話です。


改めて・・・、


◎「ウサギとカメの勝負、なぜ足の速いウサギはカメに負けたのでしょうか?」


・やっぱり、途中で休憩しまったから・・・、
・始めから勝てると思いこみ、油断してしまったから・・・、

たぶん・・・、 って言うか、このウサギとカメの勝負・・・、

休憩しなかったらきっと勝てた勝負だったでしょうね。


この童話からの学びは・・・、

・自信過剰で思いあがってしまっては、物事を逃してしまう場合もあるんだよ。
・才能がなくても、コツコツ努力すれば、実になる時が来るんだよ。
・決してあきらめないで、最善をつくす事が大切なんだよ。

と、言うことが、 “一般的に伝承されている教訓”。


でも、もうひとつ大切なことがあることに気付かされます。

それは、 “見ている視点”によって、進むべき道筋が変わって見えるということ。

ウサギ」は、「カメ」と言う競争相手を見ていたのに対し、「カメ」はひたすら丘の上に立つ“ゴール”を目指していた。


つまり
、 それぞれ見ていた「目標」が違うということ。


企業には企業の進むべき道となる、「企業の理念」が存在します。
個人には個人にとって、その会社を選んだ「理由」や“大切にしている心”がある。

でも時に、

・意見がぶつかりあうことだってあるでしょう。
・どうにもならないと感じることだってあるでしょう。
・悔しさで涙する時だってあるでしょう。

でも、大切な事は、進むべき道に添って「行動」が担えるかどうかという事の中に、
自信の成長につながる大切な“心”があるように思えます。

「カメがウサギに勝てた本当の理由」

他人を気にしないで自分のペースでゴールを目指したカメさんは、ちゃんとゴールにたどり着くことができました

そして、

自身の心を高めるためには、否なるものを受け入れる事も大切、
そこから見えてくることも多いのではないかと感じ、伝えたい今・・・。





 

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